2002 April     

 

 

2002年4月1日(月) アイロンシェフに対抗!

 

今日から4月イッピ。しかも月曜日。うーん、キリが良い。

でも、日本と違い、4月だからって入社式や入学式があるわけでもないので、アメリカの4月1日は至って普通。

せいぜいエープリル・フールってくらいかな。

 

今日は朝9時からバーバラという初めて会った初老の女性とブレックファストを食べに出掛けた。

彼女は、今週初めて会うクリスというカトリック教会関係の女性の友人だそうで、先週いきなり電話が掛かってきた。

アジア料理を今度子供達と作るので、ちょっと会いたいってことだった。

 

家まで迎えに来てもらい、車に乗せてもらった途端"Are you a Christian?"と聞かれ、たじろいでしまった。

うーん、確かにキリスト教系の学校に10年も通ったので、だいたいは分かってるけど、でもクリスチャンではないんだよな〜、残念ながら。いきなりこの質問が出るとは、かなりのクリスチャンなのだろうか。

とりあえず宗教の話しはさておき、朝食を食べるお店までの道すがら、お互い相手がどんな人間なのか探るべく、何歳?とかどういう仕事してたの?などなど、基本的事項を確認し合った。彼女は何十年も中・高で家庭科を教えていたらしく、今は自分で料理の本を書いて出版しているそうだ。なるほど、それでこんなにシャキシャキものを喋る人なのか。

 

地元の人ばかり集まる、絶対一人では私は来なさそうなお店に入り、オムレツにポテトにトーストに・・・っていう典型的なビックブレックファストを頼み、彼女が聞きたがっていた日本料理について話をした。

私の日本料理の知識なんて何とも乏しいものなので、テレビでアイロンシェフ(料理の鉄人)を見たほうがよっぽど日本料理のことが分かりそう。ちなみにアイロンシェフ、こちらでは随分前からかなりの人気。アメリカ人もあれを見て面白いと感じるらしい。

 

不意に、”明日の夜の予定は?”と聞かれ、”特に・・・”と答えたら、"Your tomorrow night is booked!!"(じゃ、明日の夜は決まりね。)と言われ、いきなり私は明日の夜は地元の子供達20人くらいに日本料理をデモンストレーションすることになった。なんちゅー、強引な・・・。ま、予定はなかったから、いいんだけどねー。

 

というわけで、明日の夜は子供達に、すき焼き、肉じゃが、味噌汁の3大日本料理を作ります。

日本料理の本も無くしてしまったので、ホント適当に勘で作っちゃうぞ!おぉ、いい加減な・・・。

 

夜はホストファミリーもやっとペンシルバニアから戻ってきて、賑やかな日々が戻ってきました。

やっと夜もびくびくしないで済むわけね。良かった☆

 

 

2002年4月2日(火) 料理の結果は如何に?

 

今日の昼前、日本の友達に頼んでおいた荷物がEMS便で届いた。

中身は、お土産用のケンダマ(X5)や、習字の筆(X10)やすずり、和紙の便箋にスライド一式、その他諸々。

すべてプチプチで個々に包んでくれていて、なんて丁寧な仕事!!日本人の鏡!

こちらにきて、足りないものや欲しいスライドなどがあったので、彼女に頼んでおいたのだけど、仕事を始めたばかりで忙しいのに、週末など時間を割いてダンナ様とスライド撮影に行ってくれたり、驚くべきスピードで依頼した品物を揃えて送ってくれた。本当に助かる。どうもありがとう☆☆☆

そして、荷物の中に、旅行に行った時にお揃いのを買ってくれたという、テディーベア−のキーホルダーが入っていた。そういえば、私達は二人とも昔からテディーベア−が大好きだったんだよね〜。

このラッキーホルダーのせいか、その直後に立て続けに2件プレ依頼の電話が掛かってきて、びっくりした。4月は結構時間があるなーと思っていたところだったので、とても嬉しかった。友達&テディーベア−に感謝!

 

夕方から、昨日決まった例の”お料理プレ”に行った。

4月下旬に小学生が100人ほど集まってアジア料理を作るそうで、その時に彼らをヘルプする高校生たちと今夜は練習として一緒に料理を作った。

集まった高校生達は、とても真面目そうで、年齢よりも幼く見えた。私の指示にも素直に従い、せっせと玉ねぎやじゃがいもを切ったり、麺を茹でたりしていた。こういう高校生も居るのね〜。

 

味噌汁と肉じゃがは我ながら美味しく仕上がった!あ〜、良かった。でも彼らの見てないところで適当にみりんを入れたり、砂糖を増やしたりしていたので、本番で彼らが上手くできるのかは心配だ・・・。味見をしながらしてね。

問題はすき焼きだった。決して難しいはずはないんだけど、量が多かったので、”じゃあこれを鍋の変わりに使えば?”と出されたのが、よく給食とかでおかずが運ばれるような大きなトレイ。(下記参照)

絶対これ、鍋じゃないよ。こりゃ、運ぶためのものだよ・・・と思いつつも、まあ、いいかと妥協し、すき焼きモドキを作った。

これはちょっと見た目が良くなかった。ま、味はまあまあ。

今日も鼻風邪気味だったので、私の舌は確かかどうか不安だったのだけど、みんな”テイスティー!!”と喜んで食べてくれたようなので、まあ成功ってことにしときましょう。

 

 

                   

 

    友達が送ってくれたテディーベア−         こんな大きな鍋ですき焼き                日本食を試食

                                    コンロ2つ使ってるし・・・

 

 

2002年4月3日(水) ストレスの原因

 

今日は1日フリー。

いつも毎朝その日の”やる事リスト”を作って、終わったら消していくのが小学生の時からの習慣。

姉には”あんた書かんと覚えられんのん?!”といつも言われるけど、覚えられない訳じゃなくて、終わった後にその項目を消していくのが快感なのだ。アメリカでも同じ意見の女性に出会ったので、分かる人には分かると思う。この気持ち。

 

最近、そのリストの項目がなかなか減らないので、ちょっとイライラ

時間はあるくせに、何故か減らないので、余計にイライラ

う〜ん、なんでイライラしてるんだろうって考えてみたのだけど、思い当たることが2つあった。

 

1つは、こちらにきて全然遊んでない!

遊ぶといっても、別に大遊びするわけじゃなくて、気に合う友達とご飯を食べに出掛けたり、ショッピングに行ったり・・・。

東京で働いていた時は、会社が新宿だったので、帰り道は嫌でも伊勢丹や三越トデパートなどを通り抜け、よくウィンドウショッピングをしていた。そして、毎週のように友達と夕ご飯を食べに出掛けていた。

こちらに来てまだ一度もモールなどへショッピングに出掛けてない。

最初は別にそれでも良かったけど、3ヶ月経つ今、家から自分一人で出ることが出来ない生活がちょっとストレスになってきた。

遊びにアメリカに来ている訳じゃないのは重々承知だけど、やっぱり最低限の楽しみは必要なんだな〜と実感している。

何しろ”足”がないので、どこに行くのにも車での送り迎えをお願いしなくてはならず、忙しいホストファミリーにそれを頼むのは気が引けてしまう。あぁ、私が運転が上手かったらなぁ。

でも、近いいつの日か買い物に行こうと思う。こんなつまんないことでストレスを溜めていたら、体が持たない。

 

もう一つは、自分の責任なのだけど、今一度自分の意見をまとめる作業をしなくてはと思いつつやっていないこと。

今は、アフガンのことより、イスラエルとパレスチナの問題にみんな注目している。もう、次から次へと平和とは程遠い事が世界中で起こり、正直うんざりだ。戦争をやりたい人だけやってくれ〜と言いたい気分だけど、そう言って投げ出すわけにもいかない。

ヒロシマ・ナガサキのことより、みんな今のこの緊迫した状態で頭が一杯な様子で、その気持ちも分かる気がする。でも、こういう時だからこそ過去の過ちを振り返り、今に生かすことが大切なのだと思うけど、それをどう上手くテロのことやパレスチナ問題と結びつけて平和をアピールしていけばいいのか自分なりの答えが出せていない。

そしてその半端な状態でプレをすることに罪悪感を感じ、ちょっと自信を無くしているのだ。

 

とは言いつつ、大人向けのプレの予定がちょこちょこ入っている。

こんなことでは説得力も何もないので、頑張って自分なりの答えを出さなきゃと思う。そして買い物にも行こう。

 

 

2002年4月4日(木) ジェットコースターのような気分

 

今、何故かとっても清々しい気分だ。すごく気分が良い。

でも、数時間前までは、アメリカに来て最悪の落ち込みようだった。

昨日も書いたように、自分の足でどこにも行くことができないので缶詰状態、そしてヒロシマ・ナガサキのことについても自分の気持ちが盛り上がっていない焦り。アフガン・イスラエルとあまりの悲しい出来事の連続に気持ちが追いついていけてないのか、中だるみなのか、一定のモーティベーションを持続させることの困難さをひしひしと感じている。

 

そんな中、今日は地元のレオクラブ(ライオンズの子供版)の高校生たちにプレをすることになっていた。

でも、事前に何人くらいが来るのかも分からなかったし、原爆関係のことを話して良いのやらも不明だったし(全てオマカセとは言われていたのだけど)、そして私自身原爆関係のことを話せる精神状態にあるのかも自信がなかった。

出発の直前までプレで、原爆の丸木スライドを見せるのか、それとももう逃げに入り、日本文化だけにして書道などをしようか、悩みに悩んだ。そして同時に、自分は何をしにアメリカに来てると思ってるのか、と自分自身情けなくなった。任務は分かってる。でも、本当に原爆のことを話す自信を無くしていたし、そんな時に逆に話すのは危険だとも思ったのだ。

結局出発までに決めることができず、丸木スライドと書道の道具を両方持っていき、その場の雰囲気で決めることにした。

 

2ヶ月くらい前からメールでずっと連絡を取り続けていたレオクラブ世話人のクリスという女性とその二人の子供が迎えに来てくれた。一昨日の料理人おばさん、バーバラの友人だけあって、またもや超豪快な女性だった。

 

会場の教会に着き、セットアップしていると、ちょろちょろと高校生が集まり始めた。

今回の高校生は一昨日のお料理のプレの時の高校生と同じ学校の生徒だというのに、全く雰囲気が違う。何だか垢抜けてる〜!と思っていたら、一昨日も居たレザリーという女性が”この子達は学校でもすごく優秀で、しかもスポーツなどもでき、まさに学校の中心的子供達なのよ!”と耳元でささやいた。なるほどね〜。そんな感じだわ〜。

 

何故かその子達を見ていると、”よし、丸木スライドで行こう!”という気分になった。

春のスポーツシーズンが始まったということで、何人位が来れるか不明だったけど、ちゃんと20人くらい集まった。嬉しい。

そして、いつものスライドショーから始めた。今日は先日友達が送ってくれた新しいスライドも追加。やっぱりヨネが言っていたように、日本庭園はなかなかの人気。あと、みんな車を運転する子たちなので、日本の免許取得に30万くらい掛かると聞いてびっくり。こっちでは30ドル(4000円ちょっと)だものね。なんで日本の免許はそんなに高いの、政府が車の数を増やしたくないの?と聞かれたけど、確かになんであんなにバカ高いのだろう。疑問だ。誰か教えて。

と、いつも通りの楽しいスライドショーだった。彼らがテレビでいつも見ているステレオタイプされた日本とは違っていたということで、今の正確な日本を知ってもらえて満足。

 

その後、いよいよ久しぶりの丸木スライド。

30分と長いので、あまり興味を持っていない子供達に上映すると目も当てられないことになるのだけど、今夜の子供達は最初の日本紹介のスライドショーこそぺちゃくちゃ賑やかにしていたけど、この丸木スライドになるとシーンとして長いのに最後までしっかり見てくれた。そしてスライドが終わると、拍手をしてくれた。(でも、途中で誰かが”拍手する内容じゃないよね。”と言ったので、確かに、とみんな止めたけど。)

時間が押していたので、ディスカッションなどの時間はなかったけど、最後のメッセージもしっかり聞いてくれて、本当に嬉しかった。やっぱり丸木スライドをして良かった〜と心から思った。逃げなくて良かった・・・。

 

実はまだ地元の高校には行っていないのだけど、レザリーがアレンジしてくれたみたいなので、近々行くことになるみたいだ。そしたら、また今日の彼らにも会うだろう。

 

その前に、遊びにも連れて行ってくれるらしい。わーい。

やっぱり車持ちの高校生はいいなぁ。

何だか、家に閉じこもっていると精神的にネガティブな方向に物事を考えてしまって、全てが辛かったけど、少し突破口を見つけた気がした。

やっぱり辛くなったら、何か新しい一歩を踏み出すことがいいのかもね。少なくとも私にはその方法が良いみたい。

 

 

                          

 

  レオクラブの高校生たちと・・・。日本でライオンズクラブっていうとお金持ちのおじさんのイメージだなぁ。アメリカでもそうなのかしら?

 

 

2002年4月5日(金) パワーをつけたい・・・

 

今日は一日家でフリー。メールが捗る捗る。

これまで2〜3ヶ月間メールの返事を溜めてしまうのは常だったのだけど(ゴメンナサイ)何となくそれが嫌になり、出来るだけ昔にもらったメールから返事を書いていった。お陰であまりにも古いメールはなくなったので、少し気分が良くなった。

 

そうこうしていたら、昨日のクリスから電話が掛かってきて、”今夜遊びに出掛ける?!”って早速のお誘いだった。

なんだかこっちってすごいよなぁ・・・。日本だと高校生の子供二人おいて(ま、彼らもどこかに遊びに出掛けるのだろうけど)、お母さんだけ夜な夜な出掛けるってあまりない気がするけど、こっちではそれもアリだもんねぇ。

有難いお誘いだったけど、明日からまたお泊りプレなので、その準備もあったし、今夜はお断りしておいた。

アメリカの女性はパワフルな人が多い!私も体力的にそこまでパワフルになりたいものです・・・。ホントに。

 

今日は日本では既に週末のせいか、メールをくれた友達が多かった。

その中には、大学時代の友達の近況を知らせてくれるものが何通かあったのだけど、今は第二次結婚ブームか!?っていうくらい、結婚&出産ネタが多かった。びっくりだ〜!!みんないつの間に結婚していくのねぇ。

友達に変わりはないけど、大学時代のあの一緒に炎天下の中テニスをしていた面影はきっともうないんだろうなー。

お父さん&お母さんだもんね。そう思うと時の経過をちょっと哀しく&恨めしく思った。

が、時は止められない。進むしかないもんねー。

そう思ったら、やっぱり一生懸命やりたいことをしっかりして、後悔しないように”今を生きる”ことがせめてもの出来る時間への抵抗だと思った。

 

なんと外は4月にしてが舞っている。もしもし〜?日本では桜も散ったらしいのに・・・よ。

 

 

2002年4月6日(土) 新しい出会い

 

私はNACメンバーの中でも、一番お泊りプレ率が高い。小さな州に住んでいるからかな。

やっぱり初めて会う人の家に泊まるというのは、気も使うし、プレ予定も連続で入りがちでとても疲れるのだけど、逆に、色んなアメリカの家庭スタイルを見れるというのはすごく楽しく&貴重な経験でもある。

 

というわけで、今日も初めて会う人の家に今回は1泊だけのお泊りである。プレも明日のクエーカーミーティングでの1回だけでロードアイランドに戻るので少し気が楽ではある。

 

今回私を1泊させてくれているのは、メアリーというクエーカーの女性とそのパートナーのスティーブ

会う前に少しメールでのやり取り&1回の電話をしただけだったので、どういう家庭環境なのかとか、子供が居るのかなど全然事前には知らなかった。知っていたのは、彼らがベーガン(卵も牛乳も飲まない完全菜食主義者)である、ということだけだった。

 

バスターミナルまで迎えに来てくれたメアリーは、素敵な長い髪の、私の母より少し若いくらいの年の女性だった。

そして、スティーブン!彼は、見るからに”ヒッピー”?っていうような、ちょっと長い髪の長身の男性で、初め圧倒された。

 

車の中で話していると、彼らは3匹の犬、そして何と9匹のネコを飼っているという。9匹!!!???

私は思わず広島太郎(広島の人しか知らないよね〜?)じゃないけど、少し汚なめ(ゴメンナサイ)の小さな家に、ネコがゴロゴロしている情景を想像してしまった。

あぁ、どんな家なんだろう・・・と内心ドキドキしながら家に着くと、そこは湖のすぐ横にある緑に囲まれた水色のかわいい&大きな家だった。あ、なーんだ、普通の家じゃん、とホッとした。

そして中に入るともっとびっくりした!きれーい!!!天井は高く、壁は真っ白、カーテン類も全てビクトリア調の花柄で飾ってあり、緑の植物もたくさん置いてある。しかも広い広い。リビングがたくさん&部屋もいくつあるのか分かんないくらい!

もぅ、私はその広さ&素敵さに圧倒され、感動しまくっていた。

そしたら、居ました居ました、ネコ&犬。早速私の紺色のカーディガンは彼らの毛で真っ白になったね。

これまでお世話になった家には大抵ネコもしくは犬が居たので、今日も、あー、ネコアレルギーじゃなくて良かった〜と心から思った。アレルギーがあったら、この環境では到底住めない・・・。

 

夕食は、肉無し。でも、野菜炒めや、彼らは日本食だと思っていたTEMPEI”(テンペイ)?っていう大豆を潰して作ってあるようなものなどスティーブが腕を振るってたくさんの料理を作ってくれたので、全然肉無しでも気にならなかった。しかもすごく美味しかった〜!

何でスティーブがベジタリアンになったのかというと、彼が少年の時に、さっきまで生きていた子羊が数時間後に食卓に上っていて、それがすっごくショックで理解できず、哀しくなり、それ以降動物&それからできている食品は食べなくなったそうだ。牛乳も卵も食べないっていうのはかなり徹底したベジタリアンだ。もちろんお魚もね。

お母さんが心配して、食べないと健康を壊しちゃうわよって言っても、動物を食べるくらいなら、食べず死んだ方がマシだって本当に思ったらしい。それ以来彼は動物愛護に生きていて(もちろん普通の仕事もしている)、家にこんなに犬やネコがいるのも、引き取り手がなくなった動物を引き取っていたらこんなに増えちゃったらしい。うーん、いい人だ。

 

彼が育った環境と言うのは、暴力が横行しているかなりタフなエリアだったらしく、だから、彼もちょっと人生を斜めから見るようになってしまったんだって。彼曰く、”メアリーは性善説を信じている人で、僕は性悪説を信じている人”だそうだ。

色んなことを3人で話している時に彼が”世界は滅びると思う?”と聞いてきたので、”私は生きているのが楽しいから、人生をギブアップできないよ〜!だからそうなる前に何かしなきゃって思うよ。”って言ったら、とても嬉しそうに”君は闇の中に居る僕の光だよ。”って言ってくれた。いやぁ、そんな〜と照れくさかったけど、こんな私でも話してそう思ってくれる人が居るんだったら、ホントにこっちの方が嬉しくなってしまう。

 

今私がやっていることによって勇気づけられる人が居るのであれば、それはすっごく嬉しい。

それと同時に、NACの活動を終えた時、私はどんなことを次にすれば良いのだろうか、彼らの期待に応えられるような人生を送れるのだろうかと、ずっしりと責任感を感じてしまうのだった。これが私の今の課題でもある。

 

 

2002年4月7日(日) 日曜プレの1日

 

初めての人の家に居ながら、朝はのんびり起きてしまった。遠慮というものを知らないんだろうか・・・。わたし。

シャワーを浴び、下に降りるとスティーブがせっせとパンケーキの準備を開始してくれていたので、その準備が完了するまでメアリーと私は朝のお散歩をすることになった。

家のすぐ前に大きな湖があるので、それを見ながら紅茶を飲んだ。(優雅でしょ?)でも、外は意外と寒かったので、早々に引き返した。

家に戻るとすっかり良い匂いが漂い、スティーブ特製の特大パンケーキが出来ていた。これが中にリンゴが入っていて、すっごく美味しいパンケーキだった! そのパンケーキに、加えてアップルペーストをたっぷりのせ、デザートには大豆で作ったチョコレートアイス、そして野菜カップケーキまで食べ、朝からお腹一杯になった。ベジタリアンっていうと、ちょっと質素な食事を想像していたのだけど、野菜だけでも十分満足な食事ができるんだなぁと感心した。

 

庭の鳥(多くの家の庭には鳥用に餌籠がぶら下げてある)を見ながら朝食を頂き、その後、11時から始まるクエーカーミーティングにメアリーと出掛けた。

ここウィスターミーティングのスタイルは、サイレントミーティングだったので、丸1時間静かな時間を過ごした。私は午後からの自分のプレのことで頭が一杯で、何を話そうかと色々シナリオを考えていた。もちろん、頭でいくら良いセリフを考えたって、本番でそれらを全部言うことができないことは分かりつつ・・・。(どうしても言い忘れてしまう。)

 

ミーティング終了後、ポットラックランチ(みんなで食べ物を持ち寄る)を食べ、いよいよ私の出番。

こじんまりとしたミーティングだったので、あまり緊張せず話すことができた。

今回も丸木スライドを使ったのだけど、ある男性は、いつも見るヒロシマ・ナガサキの映像は、しばしば映像がきつくて、席を立たないとといけなくなるようなことがあるのだけど、丸木スライドはペインティング(絵画)なので、ある意味とても訴える力を持っていて、すごく良かったとのことだった。それには私も全く同感である。

他にも、本当に広島・長崎に原爆を落とす必要があったのか、など今日は歴史的側面にも深く話が及び、とても充実した時間を過ごすことが出来たと思う。

クエーカーミーティングはどの地域の集まりに行っても、とても居心地が良い。

 

プレ後、メアリーたちとお別れし、バスに乗ってボストン経由でプロビデンスに戻ってきた。

家に直接帰ることも出来たのだけど、お迎えを頼むのもなんだったので、今夜はKarinの仕事のパートナー、トレイシーのアパートにお泊りすることになっていた。彼女は30過ぎのとても素敵な女性で、まだ独身なので、話も合う。

ルームメートとプロビデンス市内のアパートに住んでいて、仕事場である私のホスト宅に毎日通ってきている。

だから、明日の朝、彼女と一緒に家に帰る予定。

 

トレイシーは年が近いこともあるし、物静かなタイプなので、いつも良い話し相手になってもらっている。

今夜も4時間近くずーっと色んな話をして夜を過ごした。

たまには年代の近い人とこうやってゆっくり時間を過ごすのも大切なんだなと実感。 

話を聞いてくれてアリガト、トレイシー!!!

 

 

2002年4月8日(月) サマータイム

 

昨日7日(日)からデイライトセービングタイム(サマータイム)が始まったせいで、時計を1時間先に進めた時間帯での生活が始まっている。つまり、これまで8時に起きていたとしたら、それが今はこれまでの時間で言うと7時に起きているのと同じ感覚だ。だから、体をちょっとだけ馴染ませないといけない。(1時間なので誤差の範囲だけど・・・?)

今日はサマータイム初の平日。トレイシーと私は起きるべき時間より30分寝過ごした。家の子供たちも今日は朝スクールバスに乗れなかったらしい。時間を間違える人もいつも続出らしい。みんなこの1時間差にまだちょっと慣れないでいる。

しかし家中の時計を年に2度セットし直さないといけないってのも結構大変だね。

 

というわけで、今朝はちょっと遅れ気味でトレイシーとアパートを出た。

それなのに、彼女にとっては職場、私にとってはホスト宅に向かう前に、ちょっとお買い物に寄った。

私はパソコン用の便箋&封筒セットが必要だったので、Staples(ステイプルズ)というオフィス用品専門の大型チェーン店に連れて行ってもらった。私はこの手の文具店が好きなので、思わず目移りしたけど、トレイシーは仕事に行かないといけない人なので、必要なものだけ早々に買った。そういえば、東京の世界堂などでも気づくと1時間くらい経っていて、急いで仕事に戻ったことが何度かあったなぁ。

 

家に戻って、荷物を解き、また日常の生活に戻った。

これから10日間くらいはロードアイランド内に居る。

今月後半はまた旅人になるので、今のうちにしっかりできることは片付けておこうと思う。

 

 

2002年4月9日(火) 出会いのオンパレード

 

日本に居た時は、出会いと言っても数は限られていた。

友達経由で知り合うとか、仕事関係の人と仲良くなるとか、そういう出会いは確かにあったけど、アメリカに来てNACの活動をしていると、毎日のように新しい出会いがある。もちろん出会った人すべてと知り合いになるって訳ではないけど、名前を覚えきれないくらいの人と1日に会うことがしばしばある。

今日はそのような中の日の1日だった。

 

お昼から、プロビデンス市内の幼稚園→高校まで一環教育のクエーカースクールを訪問した。

来週この学校でプレをするので、その前の下見というところかな。この学校、クエーカーの学校と言っても、実際クエーカー教の生徒や先生は少ない。でも学力レベルが高いので、教育熱心な親は高い学費を払ってもこの学校に入れたいと思うそうだ。特にニューイングランド地方では私立学校の人気が高いらしい。

1年間に200万以上の学費を払える家庭なので、相当裕福な家庭みたい。日本の私立より全然学費高いね〜。

 

よく考えると、私立の学校を訪問したのはこれが初めてだ。

1クラスのサイズが小さいし、なによりここは平和を愛するクエーカーの学校なので、壁に”平和”や”戦争は答えじゃない”とか”多様性を認めよう”なんて良いポスターがたくさん貼ってあって、これは確実に公立学校では見られない光景だった。

今日会った多くの先生方も、是非ヒロシマ・ナガサキのことは生徒に話してやって欲しい、などと嬉しいことをあちらから言ってくれて、今までの学校のようにこちらから話したいんですけど・・・とお願いするのとは逆だった!

しかもこの学校、小学校3年生の時に日本について詳しく勉強するらしい。(アルプスいちまんじゃく♪も知ってる!)

その一つの理由が、この学校には毎年数人の日本人高校生が同じ日本の学校から定期的に留学生として来るのだ。

今年は4人で、10日前に到着したばかりだそうだ。彼らにも会ったけど、日本の学校でも国際科の高校生だそうで、英語もかなりよく理解している様子だった。これからアメリカの高校生活をこんなユニークな学校で送れるなんて羨ましい!!

この学校は来週2日くらい訪問する予定だけど、かなり突っ込んだことができそうなので、その分しっかり私も今週準備しておこうと思う。

 

夕方家に戻ったけど、間もなくまたお出掛け。

今夜は先週会ったレオクラブの母体、ライオンズクラブの人たちが夕食に招待してくれた。

ライオンズクラブって、なにやらお金持ちさんの集まりみたいだ、なんてレベルしか知らなくて、実際何をやっているのかもよく分からなかった。

聞いてみると、最初に始まったのは1917年(確か)にさかのぼり、最初は盲目の人を助けるという目的だったけど、今は幅広く、ガンや生活に困っている家庭を助けたり、地域のために何かしたり、とりあえず寄金を集め、それをそういう助けが必要なことのために使うらしい。現在は巨大な国際団体になっている。

 

とにかく、そのライオンズクラブの年に1度の集まりが今年は大阪で7月にあるらしい。

で、それにロードアイランドから6人くらい参加するらしく、今日は私に日本の情報を聞くということだったのだけど、やっぱりちょっとお金持ちさんの雰囲気が漂っていた。いつもの質素なクエーカーの人たちとはかなり異なる雰囲気!

情報も既にインターネットである程度集めていて、円の換金はトラベラーズチェックの方が利率が良いとか、飛行機に乗る時間が長いのでお医者さんにを処方してもらってそれを飲むのがオススメとか、私より全然旅慣れた人たちだったので、私が提供できる日本の情報もあまりない。しかも、大阪と東京に1週間ずつ行くそうなのだけど、大阪のことしか聞かれなかったので、いくら日本人でも数えるほどしか行ったことのない土地のことは分からんよ状態で困った。

せっかくなら東京のことを聞いてくれ〜・・・。

誰か関西方面の良い観光アドバイスがある人は、私にご一報ください。よろしく。

 

 

2002年4月10日(水) アメリカは過保護?

 

今日は気温も20度近くまで上がり、春うららの心地よい1日だった。

私も外で散歩くらいすればいいものの、家に居るのが好きなので(出不精なだけ・・・?)、PCで住所録作りをしてみたりと家での作業に徹した。アメリカに到着してちょうど3ヶ月が経ったけど、まだメールアドレスを持っていない人には到着連絡すらしていないのだ。そうこうしているうちに日本に帰ってしまいそうなので、一念発起(というほどのことでもないけど)して、今日はその手紙を書く作業などをしていた。50通近く出すので、プリントアウトする予定なのだけど、日本語フォントが出なかったり、なかなか日本でやるようにはスムーズに事が運ばない。それもあって、ついつい先延ばしになっていた。

まだ今日は文章を考え、封筒に住所を書いただけなのだけど、来週辺りには郵送したいな。

 

夜は、2番目のレベッカが通うジムナスティックスのクラスについて行った。ジムナスティックスというのは、段違い平行棒や平均台などをする体操のクラスだ。レベッカは体を動かすことが大好きなので、この体操のクラスに週一回夜通っている。

行ってみたら、小さな子供達がうじゃうじゃと居てびっくりした。それを横で親たちが見学している。なかなか熱心!

こっちにきてみて思ったのだけど、日本の子供達は塾などの習い事で忙しいって言われるけど、こっちの子も相当習い事やクラブ活動で忙しそうだ。いわゆる学習塾っていうのは聞かないけど、特に春になったのでスポーツ系のクラブチームはよく聞くし、乗馬や音楽など、週に何日も習い事に通っている。親はその送り迎えで大忙しだ。

アメリカの子供達って、色んな意味で、日本の子供以上に過保護に育てられているような気がするのは気のせい・・・?

 

 

2002年4月11日(木) 善意とお金と・・・

 

来週は立て続けにタフなプレがあるので、今週の残りはその勉強に費やす予定なのだけど、今日はせっかくフリーな1日だしと思って、小さなボランティアをすることにした。

AFSCというクエーカーが主体となっている運営している非営利団体があって、この団体は過去にノーベル平和賞をもらっているような世間からも評価されている組織なのだけど、このAFSCの事務所が最近プロビデンスに出来たので、そこで半日お手伝いをすることにした。この事務所のアナは地元ブラウン大学を卒業したばかりで、一人で運営しているので大忙しだ。なので、今日はデータベースの入力やパンフレットの封筒詰めなど地道な作業を手伝った。この手の仕事は社会人時代にし慣れているので、”うーん、懐かしい・・・。”などと変な感慨に浸りながら、楽しい半日だった。

 

非営利団体・NGOで働くというのは、私の大学時代の希望職場だった。今でもとても興味はある。

でもやっぱりお給料の面では厳しいのも事実。AFSCだって、善意の寄付から成り立っているので、お給料も高給なはずがない。ブラウンなんて有名大学(ハーバードやコロンビアなどと同じアイビーリーグ!)を出てれば、もっとお給料の良い仕事にいくらでもつけるだろうに、あえてやりたいことで選んだっていうのは、彼女はすごいと思う。

日本では、人のためになるような仕事をするのに、お金のことを言っては・・・なんて雰囲気があるけど、やっぱり無給では食べていけない。お金と時間の余ってる人がボランティア活動をしてればいいんじゃない?っていうんじゃなくて、そういう活動は大事なんだからもっと待遇がよくなればって思う。そうしたら民間に流れている有能な人材も集まってくるだろうし。

 

今日のもう半日は、Karinについて来てもらって、INS(入国管理局?)に出向いた。

私がNACで来てるビザって、B1/B2という観光ビザなので、本来は半年しか居られない。でも、NACは1年間のプログラムなので、もう半年更新しないといけないのだけど、私の場合、また夏に1度日本に戻り、再入国ってことになるので、ちょっと複雑。しかも、今アメリカは厳戒態勢なので、ビザの取り扱いもとても厳しくなっている。

とりあえず7月頭まではアメリカに居れることになったが、また日本から8月に再入国する際には困難が待ち受けているんじゃないかと思うとちょっと気が重い。

自由の国、アメリカ。でも住むのはとてもハードルが高いアメリカ。

 

 

2002年4月12日(金) 読書好きになりたい

 

勉強しなきゃ・・・と思いつつ、週末もあるし・・・と心のどこかで思っているせいか、今日もなんだかんだと過ぎて行ってしまった。本当に机上の勉強は苦手。勉強ギライ?!きっと学生時代を一緒に過ごした友達は、この言葉が本当なんだってことを知ってると思うけど。

 

1冊の本さえ読むのに相当の時間を要する。1日に2〜3冊読むよ、なんて言う人がたまにいるけど、そんなの信じられない・・・。本を手に取るまでが苦痛なのだ。小学校の時はたくさん本を読んでいたので、”国語”が唯一の得意科目だったのに、それが中学になって英語が出てきて、英語を好きになった代りに国語はどこかに行ってしまった。

趣味は読書です!と言ってみたい・・・!!

 

ちなみに、今読まなきゃって思っているのは、ブラウン大学のテキストで、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下についての考察。ディベート用の資料だそうで、先日行った学校の先生に貸してもらったのだけど、借り物なので返さなきゃ。

なんか、軽い本が読みたいな。いわゆる秋元康とか吉本ばなな系の軽い本が・・・。

 

でも、明日こそは、頑張って机上の勉強をするぞぉ!

 

 

2002年4月13日(土) お間抜けな夜

 

今日は本当に天気が良くて、気温も22度まで上がるくらいの暖かさだった。

家の中に居るのがいけないことのように思えてきて、玄関の前のポーチで読まないといけない本を読んでいた。

でも、今日は長女&次女の友達がそれぞれ遊びに来ていたので、それはそれは賑やかで、あまり集中して読書・・・という雰囲気でもなかったけど、読書に取り掛かっただけでもヨシとしよう。

 

夕方からはモール(ショッピングセンター)にKarinと二人で行くことになっていた。

でもなかなか出発する気配もないまま6時になった。”そろそろ行った方がいいんじゃない・・・?”って思ったのだけど、まあ流れに任せておいたら、7時になった。おいおい、これじゃお店が閉まるんじゃない?と思った7時半、ようやく出発。

モールに着く頃には8時半になっていた。モールって9時には閉まるんじゃないの?と思ったのだけど、Karinによるときっと10時までやってるだろうってことだったので、ま、1時間半じゃ物足りないけど、いいことにしよう、と中に入った。

 

実は、アメリカに来て初めてのモール!!! 信じられないけど・・・。

しかもプロビデンスモールは超巨大で、中に入った途端嬉しくなってきて、足元は軽やかに、顔は自然とにこやかになっていた。

でも、私達は何も食べてなかったので、とりあえずフードコートに行って、中華を食べることにした。

やっぱり中華は美味しいね〜♪なんて言いながら私が食べるのが遅いので時間を要し、ふっと時計を見ると、なんと9時半!あ、30分しか見れないじゃん、急ごう!!なんて言いながらフードコートを出てみると、なんとお店のシャッターがそれぞれ閉まりかけている。あれっ???

 

よく見ると、ほとんどのお店のシャッターが既に下りている!!

も、もしや・・・・。

そう、モールは9時半閉店だったんですね〜。あぁ、ショック。

私達は、ファーストフードの中華を食べに、はるばるモールまで来たのと同じ?!

鉄格子シャッターの下りた店の中の洋服やバックを見るのはとても寂しかったけど、どうせ1時間くらいじゃ回れる店も限られていただろうし、今日はもうあんな遅い時間に出発した時点で間違いだったんだ。

私に悪いと思ったKarinは、明日、クエーカーミーティングに一緒に参加した後、またこのモールに連れてきてくれるらしい。

 

やっぱり全て早め早めで動くことだね。何事も。(←私が一番苦手なこと)

 

 

2002年4月14日(日) 現実にため息・・・

 

昨日に引き続き今日も晴天で、まさに!だった。気温もぐんぐん上がり、25度に達した。日差しも痛いくらいで・・・。

そんな中、午前は久々に地元のクエーカーミーティングに参加して、気分良く家に戻り、明日から3日連続でプレの予定が入っているので、その準備をした。

もうプレを始めてしばらく経ったのに、何を準備するの?と思われるかもしれないが、学校や学年、人数、授業科目によってやっぱり話すことも少しずつ違ってくるし、まだまだプレの前には緊張してドキドキして、後になって”あぁ、これも言っておけば良かった・・・”なんて事も多々有るので、少しでも満足のいくプレが出来るように考えてみている。つもり。

でも、絶対に”これが私のプレの王道!”なんて域には達しない気がするし、プレの前にドキドキしなくなるようなことはないと思う。ニューハンプシャーに居る旭美ちゃんも言ってたけど、自分の心臓に負担を掛けてる生活してる気がする。

 

昨日から、岩波ジュニア新書(ジュニア位が分かりやすくて私には良い。)の「1945年8月6日」という本を再度読んでいるのだけど、これが色んな面から原爆のことや核のことについて書いてあって、とても良かった。オススメ。

でも、こういう本を読んでいると、”なんで人は戦争なんて殺し合いを続けるのだろう。”とか”その膨大な軍事費を飢えている人とか良い事に使えばもっと世界は幸せになるのに・・・”などとあらためて現状に対してため息が出てきたりして、現実の厳しさに飲み込まれそうになる。

元気がある時は、”よし、みんなでガンバロウ!”なんて気分になるのだけど、今日のようにちょっと厳しい現実に押し潰されそうになっている時は、”私がやっていることって少しでも世界平和に貢献できてるのかな?いくら頑張っても一部の影の悪い人達の思惑にみんなはまっちゃうじゃない。人間って愚かだな・・・”と弱音ばかり出てきてしまう。

東京で、世界平和のことなどあまり考えず、楽しく仕事をしていた頃が妙に懐かしくなったりするけど、やっぱりもう、一度この危険な世界の現状を知ってしまうと手を引くことはできないって気分にもなる。会った子供達に、私も頑張るよ!と約束しておきながら、その後はパタリと平和なんて口にしないような生活に戻ってしまうのは、その子達にも嘘をついてしまったような気分になるかも。。。

 

関心を持ち続けるってことがとても大事で、嫌なことに目をつぶってしまうことは簡単だけど、みんながそれをしてしまうと、また同じ過ちを繰り返してしまうと思う。

何かに抵抗し続けること・関心を持ちつづけることって、特に精神的に辛くなるけど、でもやっぱり必要なんだろうなぁ・・・。

原爆の絵を描き続けた丸木夫妻も、”本当は自分が原爆などの惨劇を描く画家じゃなくて、自然風景画など描く画家だったら良かったなと思うけど・・・”とコメントされていたが、私も同じく、アメリカに日本文化紹介だけをしに来ている身だったら楽しかっただろうにと思うけど、やっぱり誰かがやらないといけないことなんだろうなぁ。

 

 

2002年4月15日(月) 意見板

 

朝起きてビックリだった!

今日はプロビデンス市内の学校で朝からプレだったので、近所に住んでいる先生に7時に家に迎えに着てもらう予定で、目覚ましを6時前にセットしていたのだけど、それが5時半に鳴ったので、まだちょっぴり早いな〜って思ってるうちにまた眠りに落ちたらしく、次に起きた時は6:45だった!!もぅ、パニックで気が動転してしまった。でも何とか15分で仕度した。

そんな一日のスタートだったので、朝からとても疲れてしまった。

 

今日訪問した学校は、クエーカースクールなのだけど、実際に通っている生徒はクエーカーの子はほとんどおらず、近隣のお金持ちさんの子弟ばかりのようだった。まぁ、1年に200万近い学費を払うんだもの。質素な生活をしているクエーカーの人たちのライフスタイルとはちょっと違うかもな〜。

生徒達もお行儀が良く、教室や廊下にも”PEACE"という文字が溢れていて、うーん、理想的・・・というような雰囲気だった。

廊下には、OPINION BOARD(意見板)があって、生徒が自分が思っていることを書いている。ちらっと見てみると、”自分の国家がしていることは間違ってると思う。”から”退院しました。色々と有難う!”から色んなものがあり、それらの意見に対して、誰かがまたお返事の書き込みをしているのだ。しかも、たくさんの生徒が立ち止まって熱心に読んでいる。(写真参照)

やっぱり”関心を持つ”ということは大切な事だし、生徒が”意見”を持っているというのは素晴らしいことだと思った。

 

明日もこの学校でプレをし、夕方はカトリック教会関係者にプレをする。ハードな一日になりそうぅぅぅ。

 

            

 

      200年以上の歴史を持つモーゼス・ブラウン学校       意見板。"JUSTICE NOT WAR"=戦争じゃなく正義を。

 

 

2002年4月16日(火) 中国人の憎しみ

 

あぁ、今日はハードな一日だった。疲れて目が閉じそうだけど、今日の感動は今日書かないとね。忘れるから。

今朝は昨日とは違い、余裕たっぷりの時間に起きたので、紅茶までゆっくり飲んで、1日のスタートは快調。

 

今日も昨日と同じ、モーゼスブラウンスクールを訪問し、2つの日本語のクラスを訪問した。その内一つのクラスは日本語3年目の生徒さんだったので、私のプレもこちらにきて初めて日本語で行った。日本からの留学生4人も含まれていたので、にわかに日本の教室のようで、いつもは大人しい日本人といつもは意見をずばずばと言うアメリカ人が逆転したような感じだった。やっぱり言葉が喋れるっていうのは強みなんだな〜って思った。私が意見を求めたら、日本語では”うぅ・・・ん。”と困っていた女の子だが、英語でいいよって言ったら、"Well, I mean I think....!"といきなり元気良く意見を言い始め、まるで言語によって人格まで変わるようで興味深かった!

 

高校を終え、今度は夕方のカトリック教会関連でプレをした。

何人来るのか、どんな人たちのグループが来るのかなど、実際蓋を開けてみるまで全く分からなかったのだけど、開始時間になるとどんどん人が増え、しかも半分くらいはこの地域に移民してきたというモン族(中国南部やラオスに住んでいる人たちで今日の人たちはラオスから)のアジア人の人たちだった!これまでは大抵白人の人たちにプレってことが学校でも教会でもほとんどだったので、初めての経験に、いつものアメリカ人に話すプレと違ってくるだろうなとドキドキしてきた。

しかも、プレの前からその中の30過ぎの男性が、自分は大学で日本と中国の歴史を学んだけど、日本が第二次世界大戦で負けたのは、アジアを味方につける代わりに、アジアを侵略したから負けたんだ、日本軍は南京で2日間で30万人の人を殺した、などなど、アジア人の人たちからは出てくるであろうと予想された事を言い始めた。

こりゃ、結構大変なことになりそうだな・・・と思ったけど、ここに来るってこと自体、関心があるってことで、良いサインなんじゃない?と勝手に良い方向に受け止めることにした。

そして、今日のプレはアジア侵略の歴史にも重点を置き(おかざるを得ない!)、丸木スライドを見せながら進めて行った。

 

一通り話し、スライド後にディスカッションに移ったのだけど、日本に1年留学してたというアメリカ人の大学生は、”広島に行った時に平和公園に行ったけど、韓国人慰霊碑が公園の外にあった。沖縄にも去年行ったけど、沖縄には国籍も関係なく奉ってある慰霊碑があってすごく良いと思った。”と意見があったので、韓国人慰霊碑は今は公園内に移設されたこと、そして公園外にあったのは差別からという人も居たけど、そこで韓国の偉い人が亡くなったのであの場所にしたと私は聞いたことを話した。他の人からも”日本の若者は原爆についてどう思ってるの、平和に関心を持ってる?”という意見があったので、広島の恥ずかしい話だけど、慰霊碑にペンキをかけたり、千羽鶴を焼かれたりという事件があったことも話した。

 

そして・・・。やっぱり来ました、待ってましたとばかりに最初の彼からの質問!

”日本の学校では戦時中にアジアにしたことを教えるか?”、”中国人はまだ日本人を憎んでいるということを知っているか”、”中国人を殺したのは中国人が日本人より劣っていると差別していたからだと聞いたけど本当か”など。

こういう質問を受けて、私が怯えて小さくなったと思いますか?NO!!!

逆にこういう逆境に立つと、熱く燃えてきた。そうよ、こういうから埋めていかなきゃ!!と祖父の世代が行った過ちに対して私達の若い世代ができること、本当は目を閉じたい過去について学ぶことの大切さ、でもそれを恨みではなく平和的な形に持っていくことが若い世代なら出来ることなどについて、自分でも驚くくらいなかなか力説をした。

そうしたら彼よりも、アメリカ人たちの方が、そうだ!と言わんばかりに拍手をしてくれた。なんかいつもはパールハーバーと原爆のことで、アメリカと日本、という形なのに、今日はとても不思議なトライアングルの関係が出来ていた。

最後には彼も拍手を一応してくれてたので、私の思いの半分くらいは伝わったことを信じたいと思う。

でも、戦争を経験していない世代さえあれくらい恨んでいるのだから、私達の国が戦中に行ってきたことは相当酷いことをしたんだなとあらためて感じざるを得なかった。

”私達は生まれてない頃のことだし、私達には直接関係ないじゃん!”って言ってしまうのは簡単だけど、やっぱり自分達の国、祖父の世代が行ったことに対して、その事実を学び、謙虚に謝罪の心を持ち、今後に役立てる、というのが私達の世代ができる範囲のことなんじゃないかなぁ。残念ながらもう歴史は変えられないのだから。

本当にこの活動をしていると(海外に居る日本人はみんなだと思うけど)、自分を通して日本という国を見られるし、また、良いこと・悪いことについても、日本を”代表”しないといけないこともあるので、悪いこと・いい加減な対応は出来ないな〜(元々しないけど!)と思い知らされた。

 

あぁ、なんかまだちょっと興奮冷め遣らずという感じ。

プレが終わって、モン族のお年よりの人が握手を求めて来てくれたり、シスターなどに”よく頑張ったわね。あなたの言う通り憎みあっても先はないものね。”と言われると、とてもほっとしてしまい、思わず涙しそうになったけど、泣いてなんていられません。(←稔美ちゃん、でもやっぱり涙はつきものよね。)

やっぱり自分がほんとーに真剣に伝えたいと思った時は、人の同感・感動を得られるものなのねぇ。

常にこの”伝えたい!”という強い気持ちを持つのにはどうすればいいんだろう。いつもハードルが待ってるのは辛いし・・・。

 

アジアに対しては私達は重い十字架を背負っているのですね・・・。

でも、もちろんこれをイスラエルとパレスチナのような憎しみの鎖で繋いでは絶対いけません。

幸い日本の若い世代はアジア好きになっているみたいだし(アジア人を見るとほっとするという話もよく聞くし、私もそう。)、これからはアジアの人と同じ目の高さで協力していく時代だろうね。

 

 

2002年4月17日(水) 真夏日

 

昨日のプレでエネルギーを使い果たしたせいか、今日は朝起きても異常に疲れていた。

でも、今日は午後から地元のガールスカウト(ブラウニーと呼ぶ)でのプレがあったので、もう一息頑張った。

が、久々の小学生相手の日本文化紹介プレで、イマイチ自分に気合が入っていなかった気がして、辛かった。

折り紙を折ったのもとても久しぶりな気がする。。。

来月はほとんどが小学校でのプレなんだよなぁ。今、気分はヒロシマ・ナガサキになっているので、もうちょっと高校生相手の予定が入っていればいいのに、と思うけど、もう来月の予定はほぼ埋ってしまってるので、これ以上は無理。

 

ところで、今日は真夏日だった!

子供達はみんな水着で1日を過ごしていた。

なんと4月半ばにして、90F(32度)まで上がり、それは日陰の温度計だったので、実際はもう少し上がっていたと思う。

これは今までのこの時期の最高記録を打ち破るものだったらしく、冬も雪が異常に少なかったし、ここまで温暖化が激しいと、これから夏はどうなっちゃんだろう・・・と心配になってくる。

この地球温暖化問題、本気で対策を打たないとやばいんじゃないかなぁって素人ながらにすごく心配!

 

明日は少しクールダウンするらしいので、もうちょっと快適かな。

今週末にはワシントンDCでピースウォークに参加するのだけど、その時もこんな暑さだったら、すぐにバテル。。。

 

 

2002年4月18日(木) 乾燥機

 

今日もまた30度近くまで気温が上がり、真夏のようだった。

でも、寒いよりは全然マシで、嬉しくなって、今日は朝から(と言っても起きたら9時過ぎだったけど)洗濯機を3回回し、ベットカバーから何から大洗濯をして、部屋も掃除した。あ〜気分イ〜!!

でも、こちらは洗濯物は全て乾燥機で乾かすことが多いので、なんだかこんな天気が良い日にもったいない。

ということで、あまり乾燥機でぐるぐるしたくないシャツを外に干してみたら、ものの1時間ですっかり乾いていた。

気を良くした私は、厚めのベットスプレッドも洗濯後、外に干してみたら、これも2時間で乾いた!

乾燥機で電気を使ってぐるぐる乾かすより、天気が良い日は外に干したらいいんじゃない?って思うけど、なんでアメリカの家庭はみんな乾燥機なのかな?

せっかくの形状記憶の下着もボロボロになっちゃうし、いい生地のシャツなんてとんでもない。

街中だと外観を乱すとか色々あるのかもしれないけど、少なくともこの家はそういうスペース的な心配をする必要がないので嬉しい。

乾燥機を使うのって、食器洗い機を使うのと同じように時間をセーブするためなのかなぁ?

アメリカって便利なこと多いけど、とりあえず電気たくさん使うよね。。。資源浪費国ね。

 

 

2002年4月19日(金) 準備万端レッツゴー?!

 

今日は昼間は1時間だけみんなでモールに行き、私は夏服を少し買った。

思わぬ早さで夏のような気候になったので、着る物がなくなったのだ。

もともと日本で着ていた服は、アイロン掛けが必要だったり、あまり乾燥機でガラガラやる生地じゃなかったりするので、それならこっちの適当なものを買えばいいかと思って日本からはもう送ってもらわないことにした。

こっちも日本と同じく、GAPやJ.CREW、LLビーンなどカジュアルな洋服がモールには溢れているけど、円が弱いので、全然日本で買うのと価格は変わらない。残念・・・。

 

今夜はもう少ししたら、ワシントンDCに出発!

夜11時半にプロビデンスを出発して、バスで南に下り、朝の8時すぎに首都ワシントンDCに到着の予定。

そこで明日は1日、大規模な反戦デモ行進が行われるので、それに参加。そして、明日の夜にはまたバスに乗って日曜の朝3時半にプロビデンスに戻ってくる予定。車中2泊の強行スケジュール!

あぁ、なんかドキドキする。

デモ!?なんだかデモっていうと、たまに街中でヘルメットにサングラス、マスクをした人たちがプラカードを持って何か言っているのを見ることがあるけど、まさかそういうのじゃぁないよねぇ・・・。

私は普段着(暑そうなので、短パンにTシャツ)で、プラカードも持ってないよ。とりあえず人の波に混ざっていればいいかな?と思っているんだけど。でも、フラワーフェスティバルを想像しちゃぁ、いけないよね、きっと。(←してる。)

初めてなので、経験、経験と思って。

でも、何度もデモに参加して、イロハを人に言えるようになっちゃったらスゴイよね・・・。日焼け止め忘れないでね、とか、疲れるからスナックバー(栄養ありそうなお菓子っぽいやつ)を持ってきたほうがいいわよ、とか。

私は今回は、そういうベテランの人々のアドバイスに従い、スナックバーもさっき買ったし、日焼け止めも買ったし、雨に備えてポンチョもKarinからもらったし、まくらとブランケットまで準備して、万全の用意。と思う。

天気予報では明日はワシントンDCは曇り&