[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

 

 

 2003 January   

 

 デジカメが壊れてしまいました。今月は写真無しです。がっかり・・・。

2003年1月1日(水)  明けましておめでとうございます。

 

NACで始まりNACで終わった2002年でしたが、2003年も私のNAC活動はもう少し続きます。あと1ヶ月!

今年もどうぞ宜しくお願いします。

 

さて、今日は元旦(って言うのかな。)

でも、日本の元旦の朝と違い、こっちは何もない。朝食もいつもと同じパンケーキとかシリアルとか。

全然”厳か”な雰囲気がしないところが、予想はしてたけど悲しい・・・。

日本のようにおせち料理とか年賀状、お年玉なんて楽しこともないしなぁ。クリスマスでみんな体力使いきった感じ。

 

そして、今日もおばあさん宅で大きなニューイヤーパーティーがあったのだけど、私は”悪いなぁ”と思いながらも今日はパスさせてもらった。クリスマスイブからのパーティーの嵐で正直疲れもピーク。自分の気持ちに正直になってみた。

お陰で今日は家で一人、ぼーっと今年1年について考え事をしたり、精神的に静かな時間が過ごせた。

東京で長い間一人暮らしをしてたことを考えると、この1年は本当に常に誰かに囲まれていて、我ながらよく疲れなかったなと思ったけど、他人を半年も家族の中に入れてくれているホストのことを考えるとその方が大変だろうとも思う。

 

今年の予定だけど、実は、秋からイギリスの大学院に進むことにした。2年間の予定で。

NACの活動をしてみて、子供達に話す前に、自分でも分からないことがたくさんあって、もっと色々勉強してみたいと思うようになったのだ。

学生時代にまともに勉強した記憶がないことを考えると、勉強したいという気持ちが出てきたこと自体、自分にとってはかなり画期的な出来事!

大学院での専攻は”紛争と解決”。世界には紛争ばかりで、どこから手をつけていいのか分からないけれど、原因を知り、その解決策を考えることにとても興味がある。ヒロシマ・ナガサキだって、もっと良い解決策があったと思うし。

 

去年の今頃は、自分がまさか大学院、しかもイギリスなんて縁も所縁もない国に行くなんて想像もしなかった。

人生まさに何が起きるか分からない。

でも、常にドアを叩き続けてれば道は開けるのかもって思う。

今年も新しいことへの挑戦の1年になりそうだけど、コツコツ&マイペースで頑張ろうと思う。

 

 

2003年1月2日(木)  Back to Normal

 

去年の1/1の日記を読んだら、”今年は日本でのワールドカップ開催が一大事”って書いてあった。

今となっては自分がなんでそんなにワールドカップに興奮してたのか分からない。

少なくとも、アメリカに居たのでその感動も味わえず、全然記憶になし

 

日本ではまだ1/2っていうと、お正月なんだろうな〜。箱根マラソンとかやってる頃じゃない?!

毎年あれは感動するんだよね〜。王監督は今年も旅館の前で応援してるのかな。

 

こちらは今日は普通の日でした。グレッグも仕事に出掛けたし、街も通常通り。

私はちょっと買い物があったので、午後からまた”モールオブアメリカ”へ。最近のお気に入り♪

 

帰国を1ヵ月半後に控え、そろそろ荷物を日本に送ることを考えたり、お土産のことが頭をよぎっている。

でも、みんなにお土産を買って帰ると、スーツケース1つじゃ足りなくなるので、お土産がなくても許してね。

それに、来週からプレゼンテーションが再開すると、そういうことを考えている暇もなくなると思うんで・・・。

きっとあっという間にミネアポリスを発つ日が来るんだろうなぁ。。。他のメンバーはみんな旅立ってしまった。

 

 

2003年1月3日(金)  アレルギー

 

ミネアポリスに来てから、たまに連続的にくしゃみをするようになった。

そして、そういう日には鼻水が出たり、少し目もかゆかったり、まるでアレルギーのような症状。

日本では多くの人が春先には杉の花粉症で苦しむ中、私は今まで大丈夫だったので、アレルギー体質じゃないと安心していたのだけど。。。

 

秋に、風邪で見てもらったお医者さんに勧められて、今日はアレルギー専門のお医者さんのところに行った。

国民の20%が何らかのアレルギー持ちとされるアメリカでは、きっとその技術も進んでるのだろうと期待して。

 

まずは問診。二人の別々のお医者さんにアレルギーに関する詳細な質問をされた。

その後、一人のお医者さんが、なにやらたくさん小さな容器の入ったトレーを持ってきた。

そして、これで反応を見るからと言うと、私の腕をアルコールで拭き、次々とその小瓶みたいなものを突き刺し始めた!

どうやら先が針みたいになっていて、これが結構痛い!それがずら〜と並んでいるのを見て、まさかこれらを全部刺すのではあるまいと思い、”全部刺すんですか?”っと聞いてみると、”一度にはしないよ。半分ずつね。”だって。

半分っていっても、60種類もある内の半分。つまり30回連続でチュッチュと針を刺していくのだ。

痛さよりも、その中くらいの痛さが30回も続くという精神的苦痛が大きかった・・・。絶対子供だったら泣いてる!(後で聞いたら子供はやっぱり泣くらしい。)

 

30回刺し終わったら、20分くらい様子を見る。すぐにそれらは全て虫が刺した跡みたいに小さくぷくっと膨れてくるのだけど、その内、反応するものは蚊が刺した後に大きく膨れるようにじわぁ〜と赤く膨れてくる。そして、かゆい。

少しして入ってきた看護婦さんが、”わぁ、すごいわねえ!可哀想に・・・!”とびっくりしていたので、初めて私の反応の数は多いんだって気づいた。

そして、次に入ってきたお医者さんも、”わぁ、すごいねぇ。今日ここに来て正解だよ!”と何度も繰り返した。

 

結局痛さを堪え、今日判明した私がアレルギー反応を起こすものは下記のもの。

 

      1.樫の木(いわゆるオーク)

      2.草

      3.ラグウィード(アメリカ中西部特有の植物?辞書で調べると、ブタクサとなっていた。)

      4.ほこり

      5.ダニ(これに一番反応した!)

      6.猫

      7.犬

      8.ゴキブリ!(私はゴキブリエキスを注入されたのか!?うっ・・・。)

 

かなりショッキングだ。

犬、猫なんて、いつも周りにたくさん居る。今のホストだって、犬が2匹。

猫アレルギーは許すけど、大好きな犬にもアレルギーだなんて。。。ショック!

でも、犬は大好きなので、これからも近くに寄るぞ。

でもでも、アレルギーってある時期に発症してから、その後酷くなるって話だから、本当にそうだったら超ブルー。

 

とりあえずアレルギー薬の処方箋を書いてもらって、症状が出る時はそれを飲むことになった。

私も立派な現代人だったのねぇ・・・。

食べ物アレルギーがなかっただけ良いことにしようか。

 

 

2003年1月4日(土)  YWCAでエクソサイズ♪少しだけ。

 

今日は朝から外は灰色一色。気温はマイナス2度くらいでそんなに寒くはないけど、とりあえずどんよりな1日だった。

家族みんな大した用はなかったので、各々好きなようにダラダラと過ごした。

私は昨日のアレルギーの結果を受け、早速部屋中を大掃除

どうせ帰国のため荷物もまとめないといけないので丁度良い機会だった。

 

午後にはマイナとその友達のジューンと3人で、近所のYWCAに行った。

日本にもYMCAとYWCAがあるけど、うちの近所のYWCAは地域のスポーツセンターのような役目をしている。

中にはプールやマシーンなどがあり、日本のスポーツセンターとほぼ同じ。卓球がないのが残念だったけど。

私は泳げないので自転車を1時間漕ぎ、マイナ達は水泳。

1時間弱ではあまり運動になってないと思うけど、太ももがジワジワ痛い感じ。アメリカに来てなーんにも運動してないし、歩く機会も少ないしなぁ。何より外が寒すぎなので、犬の散歩に行く気もしない。グレッグが毎日散歩に連れて行っているけど、15分くらいしたらすぐ帰ってくるし。やっぱり寒いと人間も動物も運動不足になりますなぁ。

 

 

2003年1月5日(日)  帰国前に・・・

 

今日は午前はクエーカーミーティングに行き、午後は家に居た。

特に何をしたというわけでもないのだけど、あっという間に夕方になってしまった。

どうも予定が詰まってないと、ダラダラと過ごしてしまう。ダメだな〜と思いつつ、日本の友達から届くメールによると、寝正月でした〜って人が多いようなので、ちょっと安心した。やっぱり友達だなぁ。類友?

 

今週は水と金にプレが入っている。明日、明後日は帰国に備えて、小さな用事を片付けることにしよう。

帰国直前までプレが入っているので、きっと間近になると荷物だとか人に会うとかバタバタすると思うのだ。

 

昨夜遅くには、飛行機のチケットをインターネットで予約した。

2/5にミネアポリスを出てから、直接日本ではなく、せっかくなので友人を二人訪ねて帰国する予定。

彼女たちは南部に住んでいるので、よっぽどの用事がなければ南部まで足を延ばす機会はもうないと思って。

一人はルイジアナ、もう一人はフロリダに住んでいる。ルイジアナは高校の時に行って以来、フロリダは初上陸。

フロリダの友達によると、長袖はあまり着ないらしい。冬ってものがないのかな、南には。。。2月にTシャツ、楽しみ。

 

 

2003年1月6日(月)  プレッシャー

 

さっきコンピューターを立ち上げたらいきなり画面に波型の変なラインがびよーんとたくさん入っていて、一瞬凍りついた。

年末のデジカメの液晶破損以来まだ数日しか経ってないのに、またデジタルデバイス故障か!とドキドキしたけど、リセットしたら今度は正常に立ち上がった。あれは何だったんだろうか・・・。帰国を控え、今度はコンピューターまで使えなくなったら泣くぞ。

 

これまでホリデームードで緊迫した雰囲気もなかったのだけど、今日は突然忙しく(感じ)、少しパニックになりそうだった。

あれもやらなきゃ、ここも電話しなきゃ、と日中は動き回った。そうそう、船便第一弾を日本に送ったり。

東京で働いていた時はとても忙しくて、いつもこんな精神状態だったけど、会社を辞めて以来忙しさによってプレッシャーがかかるということがあまりないので、それ系のプレッシャーに弱くなっているのかも。

 

日本に帰国後、秋のイギリスまで半年時間がある。

実は会社で働くのが嫌いじゃないので(結構好き)、少しまた社会に出たいなと思ってみている。

 

 

2003年1月7日(火)  もう一人のユミコちゃん

 

前期のNAC大使でユミさんという人はいたけど、同じユミコという人は居そうで身近には居なかった。

それがこれから約1ヶ月間、もう一人のユミコちゃんと一緒にNACの活動をともにすることになった。

 

彼女が秋に私のホームページを見てメールをくれたのが始まりで、蓋を開けてみると同じ中・高の同窓生だということが分かった。年は彼女の方が随分若いけど。(ヨネ、彼女はキミの大学の後輩だよ〜。)

数ヶ月前から彼女は日本語教師としてシアトルに居たのだけど、NACの活動に興味があるということで、一昨日からミネアポリスに来て、ここに約1ヶ月滞在することになった。その間、私と一緒に学校を訪問する予定。

 

今日はそのユミコちゃんと初めて対面した。これまではメールだけだったので。。

ギリギリ同じ時に彼女は中学生、私は高校生として同じ校舎で過ごした仲(?)なので、早速、先生の噂話で盛り上がった。懐かしいねぇ〜。

少しばかり年代が違うので、学校の雰囲気に違いはあったものの、やっぱり共通の何かがあるって安心できる。

明日は早速二人でミネアポリス市内の中学校を訪問する。今年初のプレだ♪

 

 

2003年1月8日(水)  今年初プレ

 

今日の中学校でのプレは午後から2クラスだけで、しかも日本紹介のプレだったのでズバリ楽しいだけのプレだった。

だけっていうか、それが大切なのだけど。。。

原爆プレだと、前日は色々と頭を悩ませてしまうけど、日本紹介だと事実を述べるだけだからそんな心配もない。

訪問したのは日本語のクラスだったのだけど、中学校で日本語が選択できるってスゴイなぁ。

そして、中学生はまだ幼いところがあるので、色んな質問も出て、本当に和やかな楽しいプレだった。

 

この学校があるエリアは、結構お金持ちさんエリアっぽくて、家々もとてもかわいかった!

そして嬉しい驚きだったのが、このお金持ちエリアでも、”SAY NO to war with Iraq"の赤い看板を庭に立てている家がたくさんあったこと。本当にたくさん・・・。

ミネアポリスがリベラルなのか、他の都会も結構こんな感じなのかは分からないけど、とりあえずここには戦争反対の人がたくさん居るんだって分かっただけでも、とても気分の良い1日だった。

 

そう、いつもバスを使ってるので、自分のバスルートの雰囲気しか分からないのだけど、今日のように違う地区へのバスを使うと、違った景色が新鮮だ。

 

 

2003年1月9日(木)  寒さ復活

 

2日連続で10度以上の暖かい日が続いてびっくりしていたのだけど、さすがに今日は寒さが戻った。マイナス1度。

でも、雪もまったく積もってなくて、ある意味期待外れのミネソタの冬だ。

シアトルから来たユミコちゃんは、今日は寒さに震えていた。私はこの寒さに少しだけ免疫がついたかも。

 

明日は1日、郊外の高校でプレをする。

朝が早いため、今日はユミコちゃんがうちのすぐ近所のお宅に泊まることになった。マイナ達の友達の家。

本当はこの家に泊まれればよいのだけど、部屋が狭いためキビシイ・・・。

彼女はその家に長くお世話になるかもしれないのだけど、もし彼女が近所にいれば何かと一緒につるんで遊べるし、楽しいだろうな。

今週末もイラク攻撃のプロテストなどが予定されているので、そういうのにも一緒に行って、是非私がびっくりしたり感動したりしたことを彼女にも感じて欲しいなぁと思う。

 

 

2003年1月10日(金)  差別主義

 

実は今日のプレ、日本のテレビ局の人が一日取材をしてくれた。

結構最近決まった話だったのでドタバタしたけれど、何とか無事に撮影が終了し、今はホッとしている。

何よりプレゼンテーションで、思っていた以上に生徒たちから活発な意見が出たのでそのことがとても嬉しかった。

何しろいつも”人間をかえせ”のビデオを見せた後はシーンと沈黙が続いてしまうものだから・・・。

 

やっぱり生徒たちも、テレビ局のカメラが来てる!ってことで、少し張り切っていたんじゃないかな。

私も今日は朝から少し気合を入れていたもの。

4クラスしたうち、1,2番目の9年生(中3)は、時間配分がイマイチで、ちょっと最後が尻切れトンボ状態になってしまった感もあるけど、3番目の11年生はさすが高2。意見もしっかりしていて、何人かの生徒を中心にとても活発な生徒同士のディスカッションをしてくれた。ただただ感激・・・。きっとこのクラスの様子はテレビでも部分的に放映してもらえるだろう。

 

でも、ランチ後の最後のクラスは、正直かなり納得のいかないプレになってしまった。

自分でも3クラス目が上手くいってほっとして気が緩んだというのもあるし、先生たちもこの時間はどこかに行ってしまい、代理の先生だったので、どこの学校でもそうだけど、代理の先生の時は生徒もダラケる者が多くなる。

一人の生徒なんて、日本というとどういう印象があるかと最初に尋ねたら、まっさきに”パールハーバー!!”と言い、その後は寝てしまった。えっ?という感じだったけど、あとで先生にこのことを話したら(告げ口?!)、この生徒はいつも偏った考えで、隣に黒人の生徒が座った時も露骨に嫌な態度をしたらしい。嫌なヤツだなぁ〜。

でも、こういう生徒を見た時にいつも思うのが、これは絶対親や環境のせいでそうなったのだということだ。環境は人なりって言うけど、小さい子供ってみんな無邪気なので、何もないのに差別主義になったりしないと思う。でも、親がそうだったら子供も自然にそうなってしまうものだ。で、自分でそれは間違っていると気づく子も居るだろうが、残念ながらそのまま大人になってしまう子もいるだろう。

自分は金髪の白人で、差別されることなんてないと思っているかもしれないけれど、後世(輪廻転生?)でどういう立場になるのか分からないぞ。最近、”相手の立場に立って考える”ってことがすごく大事なんじゃないかなとすごく思う。

多人種のアメリカでは、人種問題について考えさせられる機会が多い。ムツカシィ。

 

今日は早朝から寒い中(マイナス10度以下・・・)お疲れさまでしたということで、夜はプロバスケット(NFL)の試合を観戦しに行った。ミネソタはティンバーウルフスっていうチームなのだけど、サクラメントのチームに競り勝ち、大金星☆

いやぁ、ホッと一息、ゆっくり週末を迎えられます。今日はお疲れさまでした。

 

 

2003年1月11日(土)  科学博物館でびっくり

 

ニューハンプシャーで2回、ミネソタに来てからも1回お世話になったロイファミリーがお母さん(ジェニファー)の会議で、セントポールに今週末泊まりで来ている。

そこで今日は、ジェニファーを除く3人と私で、ダウンタウンのサイエンスミュージーアム(科学博物館)に行った。

私はあまり科学とか博物館に興味がない方なのだけど、今日の場所は子供だけじゃなく、大人も結構楽しめる展示でなかなか良かった!体の仕組みとか、加速度についての実験などなど。

その中でショッキングだったのは、人体のスライス(!)が展示してあった!シカゴのミュージーアムにはあると聞いたことがあったけど、まさかここにもあったなんて・・・。2cmくらいの厚さにスライスしてあって、気持ち悪いのでじっくりは見なかった。提供してくれた人には悪いが・・・。

 

せっかくミネアポリスという都会に居るのに、あまりこの手の博物館系や観光地に行ってない。

ちょうどユミコちゃんも居ることだし、残りの3週間はツインシティー探検もしてみようかな。

でも、何がネックって、外の気温がマイナス15度なのがネック。雪は降っていないものの、外に出るには寒すぎ。

そういえば、昨日車の中に、カップにコーヒーを少し残したまま放置しておいたら、それが凍っていた!しかも昼間でお日様はしっかり出ていたのに。

 

 

2003年1月12日(日)  熱い!

 

今日はユミコちゃんも誘って、ホストと共にクエーカーミーティングに参加した。ユミコちゃんはもちろん初のミーティングだったけど、なかなか良かったと言っていた。私と同様、神が云々より、忙しい生活の中でこうやって1時間じっくり静かに考え事をするような機会があまりないので、頭を整理するのに良かったということだ。

そして、今日はロイファミリーもこのミーティングに参加した。いつもは6人くらいの小さなミーティングに行っているので、久々の大きいミーティングは楽しかったようだ。(ちなみにツインシティーミーティングではいつも100人はいる。)

 

その後、ロイファミリーをうちに招待し、一緒にランチを食べた後、マイナとユミコちゃん、私の3人はある集会へ。

これは、マイナが生協で"How YOU stop the WAR"(どうやって戦争を止めるか)というパンフレットをもらってきて、どんなのか分からないまま行ってみようということになったワークショップだ。

会場に着くと、色んな戦争反対のバンパーステッカーを貼った車がたくさん並んでいて、いかにも濃い人達が集まってそうな雰囲気だった。

中に入ると、部屋には人が溢れていて(100人くらい)、私たちは床に座らなければならなかったくらい盛況だった。

そして、人々は戦争を止めるために自分たちが身近でどういう行動ができるか、など意見を出し合っていた。

結構面白い意見も多く、”自分でポストカード大のチラシを作り、スーパーに行った時に雑誌に密かに挟んで帰っている。”という若い女性から、”お札にNO WARと書く。”、”街頭のテレビレポーターの後ろに立ち、カメラに映った時にサッと戦争反対の垂れ幕を広げる。”などなど、それいいんかなぁ?っていう意見から、なるほど〜というものまで、山ほど意見が出た。やっぱりアメリカ人ってアイディアマンかも。

 

あまり興味のない人からしたら、みんなで集まってそんな意見交換しても状況は変わるわけないでしょ、って思われるかもしれないけど、何も行動に移さず現状を悲観するよりも、こうやって色んな意見を聞き、何か身近なところから始めようとすることって大切だと思う。

よく生徒から”自分に何ができるか?”と聞かれるけど、今日みたいなところで知恵をもらい、それを生徒に提案することだってできるわけだし。

最近の調査では、イラク攻撃反対の人が増えていると聞いたけど、それを実感させられるような熱い集まりだった。

 

 

2003年1月13日(月)  "Bowling for Columbine"

 

1999年に起きたコロラド州デンバー郊外のコロンバイン高校での銃撃事件を覚えている人は多いと思う。

アメリカでも”コロンバイン”って言うと、みんな”あ〜”って感じですぐにピンとくる。2人の白人生徒が12人の生徒と1人の先生を学校で撃ち殺すという衝撃的な事件だった。その中には、”黒人だから”という理由だけで殺された生徒もいた・・・。

 

今日は夕方からユミコちゃんと”Bowling for Columbine"という映画を見に行った。

これはこの事件とその背景にある、アメリカは何故こんなにバイオレントなのか、という疑問を投げかけるドキュメンタリー映画で、結構ブッシュとかライフル協会なども批判してあって、反政府的というか社会派の映画だった。(マイナお薦め!)

それにしても、この映画を見ていると、制作者の意図通り、”なんでアメリカだけこんなに飛び出て暴力的なのか!?”という疑問が沸く。他国と比較しても、年間の銃による死者数が、ドイツやカナダは100とか200人、イギリスは60人強、そして日本は39人?だったところ、アメリカはというと、11,000人以上・・・。が違う。

じゃあ、これはアメリカでは銃を所持していいからだろうと思うと、お隣のカナダでも銃は同じようにハンティングのためなどで簡単に手に入るようだが、銃殺数は極めて少ない。アメリカは暴力の歴史だからという人もいるが、それを言えば、イギリスも似たようなものだ、という見方もできる。

 

コロンバイン高校のビデオカメラに残っていた、カフェテリアで多くの生徒が逃げ回る様子は、本当に痛々しいものだった。

アメリカでは、この事件以外にも多くの銃に関する事件が起きているのに、それでもなお銃規制が行われないというのは、かなり野蛮な国だと思った。戦争に関しても同じだけれど、もしかしてアメリカ人て学ばない人達なのか・・・?!

核兵器と一緒で、誰かが持っているかもしれないから自分も護身のために所持しなくてはいけなくて・・・という悪循環で、恐怖が支配している環境だ。

日本は銃規制がされていて、今のところ普通の人がすぐに銃を手に入れられるような環境ではないから、良かった〜。銃なんて絶対日本で許しちゃいけない!

 

やっぱりアメリカは暴力社会なのかな。弱肉強食

この映画を見たら、怖くてアメリカに住みたくなくなる。

人生で通算2年アメリカに住んだことになるけど、犯罪に巻き込まれるようなことがなくて本当にラッキーだった。

アメリカって本当に様々な問題をたくさん抱えている国だと考えさせられる映画だった。

 

 

2003年1月14日(火)  折り紙コーナー

 

NAC7期生のユミさんは現在ミネソタでアートプログラムのコーディネーターをしている。

彼女自身とても美術センスのある人で、ピッタリの仕事だと思う。

そのユミさんに招かれ、今日はミネアポリス郊外のアートセンターのオープンパーティーにユミコちゃんと出掛けた。

最近完成したばかりのこのアートセンターがユミさんの職場でもある。

 

2時間行われたパーティーの最中、いくつかのテーブルに分かれてアートプログラムが行われていたのだけど(フェイスペイントとか)、その1つであった”折り紙”のコーナーをユミコちゃんと私が担当した。

集まった子供達は50人くらいで、ほとんどがモン族の高校生だった。(ここでもモン族が幅を利かせてる・・・・)

彼らはすぐにテーブルに集まり、折り紙に興味を示したが、ほとんどの生徒が以前に折り紙を折ったことがあるようで、私たちのヘルプなしでも勝手に本を見て”蓮の花”を作り上げたりしてて、さすがアジア人。手先が器用!!

アジア人の子供達ってやっぱり親近感沸くな。ユミコちゃんと私も高校生に間違えられ(♪)気分良くパーティー終了。

 

明日もこの近くの別のアートセンターで同じく2時間ほど折り紙コーナーを担当。

最近出掛けてばかりのせいか、何だか今日は二人とも少し疲れていたので、明日はもっと頑張りたい。

 

 

2003年1月15日(水)  晩餐会

 

今日も昨日と同じく折り紙の日だった。夜を除いては・・・。

 

夜は日本人のアサコさんに招待され、彼女の素敵なお家で夕食をご馳走になった。

アサコさんとは最近のクエーカーミーティングで知り合ったのだけど、彼女自身は仏教徒だそうだ。

今日はもう一人のユミコちゃんを誘って行ったのだけど、他にもアサコさんの知り合いのミネソタ大学院生の日本人学生二人も参加し、にわか日本人会のようで楽しかった。

しかもアサコさんと、日本から遊びに来ていらしたお姉さんがお寿司から炊き込み御飯、チキンの竜田揚げなどなど食べきれなくて悔しいくらい美味しい夕食をたっくさん作ってくださっていた。やっぱり日本料理美味しいな〜♪

 

もうじき私も日本。そしたらこんな料理をまたたくさん食べれるんだな〜。(たくさん食べるな?!)

アメリカでも甘いものを食べて太り、帰国しても美味しい日本料理で太り・・・。痩せる暇もないねぇー。

 

 

2003年1月16日(木)  別行動

 

最近ずっとユミコちゃんとつるんでいることが多く、お互い自分のことをしてないね〜という話になり、今日は久々に1日別行動をすることにした。

私はEメールのチェックなどを、そしてユミコちゃんは溜まっていた洗濯などを片付けたそう。

確かにこれまでは特に用事がないと家で細々としたことをしていたけど、ユミコちゃんがミネアポリスに来てからは一緒に何かをすることが多いので、そういう意味ではあっという間に時間が過ぎる。けど、やっぱり二人って楽しい。

一人だと面倒くさいからやーめよ、と出不精になってしまうことでも、二人だと、やろうかって気になるから不思議。

 

今日は夕食当番の日でもあったので、材料のあった春巻きと炒飯などを作り、中華の食卓となった。

こうやって夕食当番が回ってくるのもあと2回くらいなのかな。そう思うと、もっと色々日本料理作ってあげれば良かった、なんて思えてくる。

でもまだ少し時間があるので、ホストと過ごす時間を楽しもうっと。

 

2003年1月17日(金)  テキサス

 

今日はこの辺の高校はお休み。学期が昨日で終わったらしい。

そして、月曜はマーチン・ルーサー・キングの祝日。だから、ホストのダンは4連休だ。

 

最近はマイナも働いていないし、グレッグも隔週で金曜はお休みだから(羨ましい!もちろん土日も。)今日はまるで週末のようなお休みムードの漂う金曜日だった。

午後からユミコちゃんがうちに遊びに来て、一緒に夜は映画でも見に行こうかと話していたのだけど、外があまりに寒いので、バスが足の私たちは寒さに負けて断念。代わりに家で皆と夕食を囲み、クリスマスホリデーを彷彿とさせる”ボードゲーム”に勤しんだ。

 

もしかしたらテキサスにプレをしに行くかもしれない!

テキサスの先生からNACにプレ依頼のメールが届き、今残っているメンバーが私だけなので、遥々ではあるけど、タイミングが合えば是非行ってみたいと今調整しているところ。

多分他の場所だったら、遠いし時間もないしということで無理かなと諦めている気がするけれど、”テキサス”っていうのがとても引っ掛かる。

テキサスといえば、ブッシュ大統領(空港までブッシュ空港ってなってた。)そして、死刑執行数もダントツで全米1。

これこそステレオタイプだろうけど、テキサスに良いイメージを私は持っていない。

でも、というか、だからこそというか、その場所で育った子供達がどんな感じなのか是非プレをしてみたい気がしている。

来週初めには行くかどうかがはっきりする予定。

 

今日は日本への帰国便(マイアミ→成田)も予約したし、帰国準備が着々と進行中。

 

 

2003年1月18日(土)  リング

 

今日は風邪を引いたエイブラムを除いて、他の3人は親戚の引越しを手伝いに行っていた。

私はといえば、明日はマイナの誕生日なので、プレゼントを買いに行ったり・・・かな。

そして、夜は映画へ。(最近映画づいている。)

以前にも1度行ったことがあるのだけど、結構近所にとても安い映画館がある。一人2ドル!(250円)

レンタルビデオより安い額で、大きなスクリーンで見れるなんてお得ポップコーンの方が高いくらいだ

ただ、今で上映中の映画ではなく、3ヶ月くらい前のものを上映しているのだけどそれくらいの古さは全然問題なし。。。

 

今夜マイナとグレッグ、そして親戚二人と見に行ったのが”ザ・リング”

そう、あの日本で流行ったリングをアメリカ版にしたもの。あのサダコのやつ・・・。

日本ではイマイチ気が進まなくて見なかったのだけど、今日は勢いで彼らについて行ってしまった。

キャストが全部アメリカ人なので、やっぱり日本独特のあの”怨念”って雰囲気は弱かったけど、怖いというか、気持ち悪かった・・・。内容は日本のを忠実に再現してあるのかな。日本のを知らないからよく分からないけど。

終わって気分が良いっていう映画では全くないねぇ。問題は解決しないし。パート2あるのかな。見ないけど。

 

映画が終わったのが9時半。はぁ・・・、家に帰って日本へ送る投稿?を書かなくてはな、と思っていたら、パーティーに拉致された。車は勝手にマイナの友達のバースデーパーティーへ・・・。

ホームパーティーなのに、絶対200人近く集まっていて(彼女はアーティスト)広い家の中はまさに日本の通勤電車状態だった。芸能人か政治家にでもならない限り、私の誕生日にこんなにたくさんの人が集まってくれるなんてことは一生ないだろうなと思った!

 

 

2003年1月19日(日)  外食

 

いつも大体欠かさずついて行っているクエーカーミーティングだけど、今朝はパスした。

というのも、今日中に仕上げて日本に送りたい原稿があったので、一人家に残りその作業をすることにした。(仕上げたいっていうか、これから始めるというか・・・。)

午後はずっとこれに費やし、ようやく夕方に完了した。これも完了っていうか、ホストと外食に出掛ける予定があったので、その直前にエイッと終わったというか。やっぱり文章を書くのって難しいね。勢いがないと。

 

今日はマイナの誕生日だったので、エチオピア料理をみんなで食べに行き、その後小さなシアターにお芝居を見に行った。(これも政治的なやつ。)

外食はめったにしない家庭なので、久々の外食。そこで思いついたのだけど、私の最後の夕食当番の日に、日本料理店に招待してあげるっていうのはどうかな。もちろん家で作ってもいいのだけど、さすがに魚の乗った本格的なお寿司とか作れないのでカリフォルニアロールならOK!)、お店だったらすき焼きでも天ぷらでも色んな種類の日本料理が食べられるしい楽しんでくれるだろうと思って。支払いは父のカードで・・・?

 

明日はマーチンルーサーキングの日で祝日。

何をしようかな〜と考え中♪

 

 

2003年1月20日(月)  マーチン・ルーサー・キングの日

 

アメリカに来て多くの平和活動家に会ったが、彼らの多くが尊敬しているのが、”マーチン・ルーサー・キング牧師”や”ガンジー”、そして”ダライラマ”など。みんな”非暴力”を掲げている人達だ。

キング牧師の"I have a dream..."のスピーチを高校の時に英語の先生がテープでみんなに聞かせてくれた。その時は何も思わなかったけど、今きっとそのテープを聞いたらじーんとくるのかもしれない。。。

 

今日は祝日だったので(え、いつも休みみたいなもの?)、ユミコちゃんと午後少しお買い物へ。

ユミコちゃん初の”モール・オブ・アメリカ”へ!ミネソタに来たなら1度はここに来なきゃ。

お互いあまりお金にゆとりがある生活をしてないので(くすん)、お買い物というか、冷やかしというかね・・・。

日本に帰ったらきっと何をしなくても湯水のようにお金が出て行くんだろうなと思うと、今こんなに切り詰めた生活をしているのは何だったんだろうって思うのかも。

 

夕方からは、気分を切り替え、平和集会へ。

実は、こちらに来てすぐに知り合ったシャンテという女性がいて、彼女は湾岸戦争の退役軍人でもある。そして今は、Veterans for Peace (平和のための退役軍人会)の活動メンバーだ。

一度彼女の体験談を聞いてみたいと思っていたのだが、今夜は教会でプレゼンテーションをするというのでそれを聞きに出掛けた。

 

一言で言うと、やっぱり体験者の話はパワフルだ。

彼女はカメラマンを夢見ていたけど大学に行くお金もなかったので勧められるままに空軍に入ったという経緯、多くの女性軍人が同じ国の男性軍人にレイプされている事実、劣化ウラン弾の影響で自国の兵士にも奇形の子供が生まれたり本人も癌や白血病で亡くなっているのに、それを国は認めようとしないこと。

彼女は戦争によって人生が壊されたと言っていた。生きて帰っても自殺したり、精神病になる兵士も少なくない。

相手だけではなく、自国の人間にもこんな思いをさせる戦争&兵器。それをまた繰り返そうとしているアメリカは、まさに誰のためにやっている戦争でもない、ある特定の人達のプロフィット(利益)のために行おうとしているのがイラク攻撃だ。

 

今日の救いは、会場に多くの人達、特にお年寄りたちが来ていたこと。

第二次世界大戦世代の人達は保守的な人が多いのが一般的だけど、そんな世代の人達でもこのイラク攻撃は間違っていると声を大にして訴えている。

 

先日の土曜日のワシントンD.C.でのイラク攻撃反対デモにも50万人の人達がアメリカ中から集まった。

今確実に戦争反対の声は大きくなっていると思う。

こんな時にまた何か仕組まれた事件が起きないよう願うばかりだ。

 

 

2003年1月21日(火)  あと10日!?

 

今週は今のところ暇なのだ。

でも、2/1からテキサス(サンアントニオ)に行くことが90%決まったので、それを考えるとミネアポリスに居るのもあと11日。そろそろ本格的に帰国準備を開始しないといけないんじゃない!?といきなり少し焦り、今日は荷物の整理を開始。

要らない洋服を慈善団体に寄付する準備をしたりね。

 

夕食はシェリーという女性とタイ料理を食べに行った。

彼女は日本に合計2年間留学していたという女性で、1996年にも広島に6週間滞在し、18人の被爆者にインタビューもしたそうだ。特にすごい平和活動家っていう訳ではないけど、日本にとても関心がある人なのだ。

彼女は高校の先生なので、来週彼女の”戦争と平和”というクラスでプレをすることになった。ギリギリだけど。

 

彼女は大学で女性学も教えている。

この夏には本を出版の予定で、内容は子供を産む・産まないに関して多くの女性をインタビューし、その内容をまとめたものらしい。

私もお年頃?なので、この内容には興味があるな。

 

 

2003年1月22日(水)  お家にて

 

今日は外に郵便物を取りに行っただけで凍えてしまいそうな寒い日で、マイナと二人、家で”Cold!"を連発していた。

マイナはアメリカ人なのに冷え性らしく、私的には助かるよ〜。私一人で寒がってるよりが良いもの。

今の気温はマイナス21度。外に10分以上居るのが危険な寒さらしい。皮膚が壊死するんだって。コワーイ。

でもこの寒さもあと10日。フフフ。

 

今日は家でテキサス(サンアントニオ)までのチケットをインターネットで予約したり(yahooがお気に入り)、イギリスの大学院の入学書類を遅ればせながら書いたりしていた。もっと色々シャキシャキこなせばいいのだけど、時間に余裕があると思うとつい後回しになり続けてしまう。私の(多くの人の?)悪いところ。

 

荷造りの続きもしようと思ったのだけど、もう直前まで使いそうなものばかりになってしまった。しかもプレもここを発つ2日前まで入っているので、それらも片付けることができないし。きっと出発前日にワーと詰め込んで夜な夜な起きてることになるのは目に見えているけど・・・。そうならないように努力しよう。

 

 

2003年1月23日(木)  地元の学校だった!

 

今日は2つの学校の先生と電話で話し、来週訪問することになった。ギリギリまで粘る!

お陰で来週は月〜木まで学校訪問で忙しい。そして金曜は最終パッキングで土曜の早朝にテキサス発。

瞬く間に1週間が過ぎるんだろうなぁ。

 

日本語を教えているビクトリアと最近会っていないことに気づき、今日はユミコちゃんと3人でダウンタウンのスタバにて落ち合った。ビクトリアの日本語も上手になってきてて嬉しい!

ミネソタを離れる前にあと1回会えればいいな。

 

で、夕方になったので、急いで家に帰り、夕食当番をこなす。

今日は時間がなかったので、タコスとフライドポテト。なんてアメリカン(メキシカン)な食事・・・。

まぁ、来週日本料理のレストランに連れて行ってあげるので、良いことにしよう。

 

夜、電話でお話した学校の先生は、私が広島出身と言うと、広島の中学生と生徒達が文通しているんだよ!、とのこと。

学校名を聞いてみるとなんと、きっと広島の人でもあまり知らないであろう私の地元の公立中学!

あんな山奥の学校と交流してるなんて、すっごい偶然だ・・・。運命的。

是非どんな場所の中学校なのか来週会った時に教えてあげようっと。いやぁ、奇遇だ・・・。

 

 

2003年1月24日(金)  ”Catch me if you can”

 

前から見たいと話していた映画を今日は遂にユミコちゃんとモールオブアメリカの映画館で見た。

"Catch me if you can"という、レオナルド・ディカプリオとトム・ハンクスが主演の映画で、事実に基づいたストーリー。

ジェームス・ボンドばりの、巧みに逃げる犯人とそれを追う刑事の話なのだけど、ちょっと犯人のディカプリオがホロリと可哀想になったりもする映画。

なかなか面白かった♪とりあえず前回見た映画が”リング”だったので、数段良かったな。

昼間に見たので、夜は9ドルの映画館でも、昼間は6.50ドル(800円)。やっぱり働いてない人が恩恵受けれます。

 

夕食はそのままモールの中のファミレスへ。

さすがアメリカのファミレスなので、フライ系のヘビーな夕食を取り、今日はビールをグイッと1杯。

”お疲れさま〜!”と乾杯しながら、今週は全然NACの活動をしてないのに・・・と引け目を感じた。。。

 

 

2003年1月25日(土)  何がロシアン?

 

今朝起きて、来週の今頃はテキサスへの飛行機の中なんだ〜と思うと、何とも感慨深かった。

もう本当にミネソタともお別れなんだな・・・。

夏に帰国しためぐちゃんは、ボルチモアを去る数週間前から寂しい寂しいと言っていたけど、私は不思議とそんな名残惜しい気持ちになってない。

それは日本に帰国するのが待ち遠しいのか、それともイギリスが楽しみなのか、はたまた場所移動が多くてあまりそういう感情がもうなくなってきているのか・・・。うーん、分からないけど。

 

とりあえず今日の昼間は荷物のパッキングなど、細々をしていた。

ちょっと嫌なことがあったので、夜は珍しくマイナとグレッグについてロシアンディスコ(!?)へ行った。ユミコちゃんも誘って。

行ってみたら何のことはない、ただロシア料理店にカラオケとか舞台があって、そこでチョロチョロ人が踊っていただけ。

私とユミコちゃんは、もっと少し暗闇の、皆狂ったように踊っているクラブを想像してたのに。ライトが明るい明るい。

 

家に着いたらもう夜中の1時近く。

ウォッカも覚め、寒い!

 

 

2003年1月26日(日)  最後の日曜日

 

今日は頑張っていつもより早起きをし、近所の友達の家に朝食をご馳走になりに出掛けた。

その人は、韓国系アメリカ人で、私より4つくらい年上の音楽家。1歳の時に家族でアメリカに移ってきたらしい。

オムレツとトーストを頂きながら色々な話をしたけど、やっぱりアジア人と話すのって何とも言えない和みがある。

同じような顔をしているのってやっぱり落ち着く。

 

その彼女も今日は一緒に、私にとって最後のクエーカーミーティングに行った。

思えば去年アメリカに来るまで何も知らなかった”クエーカー”。この1年、なんと多くの縁があったことか。

NACの活動をいつもサポートしてくれた彼らに大感謝。

でも今日のミーティングは、会員?の女性が先日亡くなったそうで、涙涙のミーティングだったけど。

 

明日は早朝からプレで、その準備もしなくてはいけないので本当は家に居たかったのだけど、今日はアメフトの”スーパーボール”という大きなトーナメントの決勝らしく、それを皆で見るのが習慣だそうだ。(1時間離れた親戚宅にて。)

”行かない”って言っちゃえ!と思ったけど、最近家族行事をお断りすることがたまにあるし、もうあと1週間も一緒に居ないホストファミリーとの時間を今回は大切にすることにした。

 

正直アメフトには何の興味もないのでただボードゲームして食べて終わったパーティーだったけど、最後の日曜をホストと過ごして良かった。

 

 

2003年1月27日(月)  早起き

 

もうヘトヘトだ。まだ夜の7時だけど、寝たい感じ・・・。

今日は久々のプレで、郊外の高校を訪問。朝6:45のお迎えで、もちろん外は真っ暗。そして学校は7時半から開始。

やっぱりどう考えても7時半からの授業開始って早すぎるし、特に高校生には効率悪そう。(そういうデータもあるらしい。)

私もいつも朝1のクラスは朝早いのと、最初なのとでなかなか調子が上がらない。