2002 May

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2002年5月1日(水) ブロックアイランド上陸 |
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今日は夕方からフェリーに乗って、本土から1時間沖にあるBLOCK ISLAND(ブロックアイランド)という島に来ている。 明日・明後日とこの島の唯一の学校にてプレをするのだ。 この島はロードアイランドの観光地で、冬は800人、夏は2,500人くらいに人口が増えるらしい。
今回私のお世話をしてくれるのがディーナという小3の先生。 今夜もこの先生と、6年生担任であり彼女のルームメイトでもあるリッチの素敵な家に泊めてもらっている。 初めてディーナに会ったとき、正直とてもびっくりした。なぜなら彼女は高校生みたいに幼く見えたからだ。 実際彼女は22歳と若く、大学を出て今年が教師1年目らしいが、それにしてもアメリカ人でも幼く見えるらしく、いつも高校生とかひどい時は12歳?とか間違えられるらしい。すごく細身のかわいい女性だ。
ルームメートのリッチも、去年大学院を出たばかりの若い教師だ。 アメリカでたまに思うのだけど、”ルームメート”ってシステムは日本では全然メジャーじゃないけど、こっちでは若い人で実家を出ている人の多くが部屋を誰かとシェアしている。たとえ若い男女で彼氏彼女じゃなくても、普通にルームメートになってたりするので、日本人的感覚だとちょっとびっくりする。 日本で、もしくは日本人同士でルームシェアとなると、どこまでプライバシーを守れるかとか、険悪になっちゃうんじゃないかとか考えてると面倒くさくて、一人暮らしの方が楽でいいやって思っちゃう。
明日は基本的に1日中プレの予定。なかなか忙しそう。 島の学校の生徒はどんな感じなのだろう。 ディーナたちの話によると、やっぱり子供の数も少ないので、親もコミュニティーも子供達に甘く、ちょっと過保護らしい。 確かに、フェリーで1時間離れた島って、特殊な環境だなぁ。 3年前に日本人女性が何かのプログラムで滞在して、同じく折り紙とか書道とかの日本文化を紹介していったらしいけど、それ以外ではあまり日本人と交流する機会もないだろう。 加えて、こんな平和な島の子供達に、遠い日本で起きた原爆の悲劇をイメージすることができるのだろうか。 彼らにとってはWTCのテロだって、遠い場所の出来事にしか感じられないかも知れない・・・。
地中海のような景色が広がるブロックアイランドの港
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2002年5月2日(木) しっ、しまった・・・・・ |
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昨夜寝る前にプレ道具のチェックをしていて、すご〜く大変なことに気づいてしまった。 スライド用のトレー(カーソルと言う)、間違ったものを持ってきている!!!!! 一瞬頭が真っ白になった。そして心臓がバクバクしてきた。 そう、プレでは大体スライドを使って日本紹介をすることが多いのだけど、そのスライド用に3つのトレーを持っている。で、一昨日小学校で使ったトレーを持ってきたつもりだったのだけど、間違えて、丸木スライドが入っているトレーを持ってきてしまった。あぁ、どうしようぅぅぅぅ・・・・。近くだったら取りに引き返せるけど、フェリーではるばる来てしまったし、2日間のプレなので、送ってもらっているような時間もない。ほとんどの学年のプレでスライドを使うと仮定してプレ内容を考えていたので、5分ほど途方に暮れてしまったけど、どうしようもないので、スライドなしでいくことにした。 いつもスライドに頼っている部分が大きかったので、本当に絶望的な気分になってしまったけど、結果的にはもちろんあった方がよかったものの、今日は1コマが35分くらいしかなかったため、折り紙などをしていたらすぐに時間がきてしまったので、まあ、結果オーライということにしよう。 それにしても、この事実に気づいた昨夜は泣きそうだった・・・。しかし、立ち直りも早かった・・・。
島でのプレは、1クラスの人数が少ないという以外には、普通の学校の子供達と変わりはなかった。 高校生も、この島での暮らしが気に入っているらしく、何も娯楽がない島のことを苦痛には感じていないようだった。
私が驚いたのは、こんな小さな島なのに、日本と関係のある人が多く居たということだ。 例えば、小3のデービッドは、”僕の大叔父さんは日本人なんだよ!”と言ったけど、彼はどう見ても金髪の白人。ほんとぉ〜?と思ったけど、先生に聞いたら本当らしい。日本人の血は混じっているみたい。 それ以外にも、息子が日本に住んでいて、日本人の奥さんと結婚してるっていう先生が二人も居たし、小1の担任の先生は、いきなり”いただきます”と日本語で言った。”ん?なんでそんなマニアックな言葉を!”と思ったら、彼女の旦那さんは、日本人とのハーフらしい。だから、義理のおばさんなどは日本人なんだそうだ。 何だか他にもそういう話はたくさん出てきそうな勢いだった。 島だからと甘く見ていた!本土よりよっぽど日本関係者率?高いんじゃない?
今日は朝から1日中深〜い霧に包まれていて、昨日とは打って変わり雨も降り、外を歩けず残念だった。 明日も午前中4つのプレをして、午後には本土に戻ってしまう。全然島を見れなかった! またゆっくり帰国前に遊びに来たいと思う。 この島は、私のホスト父の家族の出身地なので、みんなホストのことを知っていて、なんだか心強い。
クラスが小さいので、習字のプレもラクラク。
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2002年5月3日(金) 島を早々に立ち去る |
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今朝はかなりの強風が吹いていたものの、空は青く澄み切っていた。 ブロックアイランドは風が強くて有名だそうで、風が強いとフェリーが欠航になってしまうので、それが皆の心配らしい。
今日は朝から午前中に4つのプレ。その後、ディーナが本土でお医者さんのアポを入れたということで、私も一緒に午前で早々に島を去ることになった。もうちょっと居たかったな〜と思うけど、一人では本土の港に着いてからの足もないし、まあしょうがない。ホント足がないと、身動きとれない国だな。まったく。 それより、島に病院がないってのも不安なことだなぁ。歯医者さんもいないんだって。全て本土だね。 何がすごいって、高校生などのスポーツチームの試合は、フェリーで行かないといけないので、今日なども午後の授業には彼らは出席せず、私と同じ昼前のフェリーで野球チームが本土に向かっていた。そんなんでいいんか?!授業は?? 本当にアイソレーティッド(孤立した)という表現がぴったりの島だ。 帰国前にももう一度ホストと、今度はプレなしでゆっくり来ることにしているので、その時にしっかり観光もすることにしよう。
今日のプレで一番楽しかったのは、キンダーガーテン。幼稚園生ね。 やっぱり5歳、6歳ってかわいいね〜!!! 大変だけど、とにかくカワイイ。 この歳くらいの女の子は、たまに最後に、しかっと足元に抱きついてきて、”I love you〜”なんてことを言ってくれる。 いきなり体で愛情表現をされるとこっちがびっくりするけど、こんな子は家に連れて帰りたくなるね。 幼稚園生とは、折り紙で犬を作るってことにしてる。Puppy。これまでのところ、皆、先生も含めカワイイと好評なので、来週の幼稚園も犬でいこう。
家に戻り、荷物を解いたところだけど、また明日の夜には日曜の朝の出発に向けて、荷造りをしなくては・・・。 日曜から数日、ボストン郊外の人の家でお世話になりながら、小学校などを訪問する予定。 日曜は天気も良いらしいので、ボストンを少し観光できたらいいなと思ってる。
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2002年5月4日(土) 本当の外食 |
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昨夜からKarinと女の子二人は親戚のベイビーシャワーのためコネチカット州に出掛けているので、今日はスコットと息子のイライ、スコットのお母さんのテリーと私の4人でずっと過ごした。 ちなみに、ベイビーシャワーとは、初めての子供が生まれる1ヶ月くらい前に開くパーティーで、プレゼントを渡したり、みんなで食事をしながらワイワイする。基本的には女の子の集まりらしく、スコットとイライはお留守番なのだ。
昼からイライのホッケーの練習(見てたら私もローラーブレードしたくなった!)にみんなで行き、その後、夕食の買出しに行った。今日はイライの提案により、豪華にロブスター!ポーツマスに行った時に食べて以来だ。 今日は天気も良く、暖かかった(20度近くまでいった)ので、外で食べることにした。 特にロブスターは食べる時に汁が飛び散るし、魚臭くなるので、外で食べて正解だった。ロブスターの身をバターにつけて食べるのだけど、これが何とも言えず美味しい☆ 日本ではあまりロブスター食べないから、エビでもバターに浸けて食べたら同じく美味しいかな。でも不思議と、アメリカで食べるアメリカの食事が、日本に帰って同じ料理をして食べて美味しいと感じるかは別物だと思うんだよね。こっちで今食べてるあまーいお菓子やケーキは、こっちで食べてる分にはそれなりに美味しいと感じるんだけど、きっと日本に帰ったら好んでは食べないと思う。居る場所によって味覚は変わる!?
いつもプレで飛び回り、家に居てもプレの準備で忙しいことが大半なので、今日はホストと長く時間を共にし、ホームステイしてるんだなって感じの1日だった。ここに居れるのもあと2ヶ月だし、本当はもっと家族と一緒に時間を過ごしたいと思うのだけど、5月も半分は留守にする。やっぱりホストの家が一番落ち着くなぁ。自分のベットだし!
明日は朝からボストンに出発だ!これまた楽しみ。
ロブスターって大きいね。 新緑が綺麗な中での食事は最高です。平和だな〜。
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2002年5月5日(日) ボストン大好き☆ |
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明日から2日間ほどボストン郊外の小学校でプレをするので、そのために今日は午後からボストン入りした。 今回2泊ほどお世話になるのは、小学校5年生担任の少し若めの男の先生で、彼は去年、平和会議に参加するために来日し、そこで過去のNAC大使に出会ったのが今回のご縁だ。
この先生、小さい頃から中国や日本などに興味があったというだけあり、家に行くと、オリエンタルなものがたくさんあった。となりのトトロとかもね。 彼は今、私と同じくらいの年の日本人女性と住んでいて、彼女はもう8年近くボストンに住んでいるんだって。8年って長いよね〜。そういえば私の高校の友達でも、私と同じ高2の時に留学して、戻ってこなかった子がいたなぁ。彼女は今はマイアミで働いてるけど、かれこれ10年以上アメリカに住んでることになるなぁ。もう半分アメリカ人だろうね。きっと。
今日は、ボストン観光に連れて行ってもらった。 ダウンタウンや中心地の公園、有名な教会など色々見せてもらった。 市内では大規模なWalk for Hungerという、飢えている人のために基金を集めるウォーク(多分)が行われていて、たくさんの人、とくに学生達が歩いていた。1日で20マイル(30キロ以上?)歩くそうだ。 なので、晴天で人がたくさん集まっているのに加えて、それらの人も居て、本当にどこに行っても賑やかだった。
ボストンって、やっぱりかなり都会だ。 ニューヨークほどではないけど、建物も歴史があるし、小さいお店がたくさんあってすごくいい感じ! 多くの人がボストンを好きなのがよく分かった1日だった。アカデミックな雰囲気だしね。
今度夏に日本から友達が来るのだけど、アリーマイラブを見て以来、どうしてもボストンに行きたいそうなので、また帰国前にボストン観光をすることができるだろう。 あぁ、ミネソタに行ったら、今みたいには、ボストンになかなか来ることができなくなってしまうなぁ。寂しい。
ボストン市内には公園もたくさんある。 大規模なハンガーウォーク。すごい数の人が歩いていた!
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2002年5月6日(月) 日々精進 |
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今日訪問したニュートン地区の学校は全米でもトップクラスに入るくらいの、学力の高い地域らしく、どんな子供達が居るんだろうかとちょっと怖気づいてみた。とてもませた子供達なんじゃないかとか、日本のことなんてとっくに知ってて、全然珍しくもないんじゃないか・・・とか。 結果的には、私の予想はそう外れてもいなかった。しかし、良い意味で。
今日訪問したのは、4年生3クラスと、幼稚園1クラスだったのだけど、どのクラスもまず賑やか。勝手に生徒同士で議論が始まったりしてるから、先生と顔を見合わせて苦笑い。まぁ、しーんとしてるよりはやりやすいけど、さすがに今日は私が一言言うたびに色んな所から意見が飛び交うので、かな〜り疲れてしまい、声が枯れそうになった。幼稚園なども、今までの学校では折り紙で素直にうまくいってきたのだけど、今日はいつもの”犬”にいこうとしたら、”僕は鶴が折りたい!”という男の子がいて、”時間がないから、1つしか出来ないな。犬は嫌い?”って聞くと、”嫌いじゃないけど、鶴のほうがいい。じゃあ、クラスを2つのグループに分けて、それぞれ鶴と犬を折ればいいんじゃない?”なんて提案までしてくれて・・・。今日は折り紙1つするのも大変だった!
4年生のクラスでは、ちょうど第二次世界大戦中の日系人の強制収容の話を勉強しているらしく、それに絡めて、初めて小学校で原爆について話すことになった。 今までは、小学生には話してもせいぜいサダコさんの紙芝居くらいで、具体的な話や、ましてやそれに関してのディスカッションなんて、自分が小学生をリードする自信がないこともあって、したことがなかった。 でも、今日は初めてそれを試みて、かなり成功したと思う。特に1つのクラスでは、大人と話してるのかと錯覚するくらい、しっかりした&リベラルな意見が出て、先生もびっくりしていたくらいだ。 具体的には、”日本はパールハーバーをアタックしたけど、だからといって、広島・長崎に原爆を落としたことを正当化する理由にはならないと思う。アタックするのはよくないことには変わりはないけど、日本が攻撃したのは軍関係であって、アメリカが攻撃したのは民間人が住む場所だったし。”とか、”9/11が起きて、アメリカはアフガンを爆撃したけど、誰か悪い人がいるからと言って、その国の人は何もしてないのに、国全部を爆撃して民間人まで殺すのは間違っていると思う。みんなを殺すんじゃなくて、犯人だけを探し出すような方法を考えるべきだ。”などなど、小学4年生でも驚くほどしっかりしているのだ!大人より子供の方がよっぽど何が正しいのか、何が間違っているのかを分かってる!
ある男の子は、もう、話し方までどこかのテレビ局のレポーターか、デーブ・スペクターかってくらい大人と同じで、しかも知ってる情報量が半端じゃなくすごいのだ。彼のお父さんは、仕事でチェルノブイリに行き、残留放射能を計測したりする作業もやっている人らしく(研究者?)、きっと家でも日常的にそういう話題が出るんだろうなぁ。 子供って、家の環境がもろに出るので、ある意味おもしろい。そういう意味ではやはりこの地域は大学勤務の親なども多いからか、しっかりした意見を持っている子が非常に多いと感心した。
一つ心に残っているのは、過去の過ちを繰り返さないために、歴史を学ぶことは大事だよねって話をした時、ある男の子が手を挙げ、”僕はユダヤ系なんだけど、親と一緒にたまにヨーロッパに行くことがある。ホロコーストで親戚も殺されたんだ・・・。”と本当に悲しそうな顔をして、それ以降は言葉に詰まっていた。こんな小さな子供なのに、過去に自分の民族、家族に起きた悲劇を悲しんでいるんだと思うと、胸が痛んだ。この気持ちを、”仕返し”ではなく、同じ過ちが繰り返されないように、将来は平和のために力を注いでくれるような人になってくれたらと思う。
それにしても、小4でこんなに有意義なディスカッションができるとは思っていなかっただけに、正直、とても嬉しい驚きだった。自分が小4の時はどんなだったかなぁ。。。 クラスの雰囲気などにもよるのだろうけど、今後は小学校でもディスカッションとしてヒロシマ・ナガサキや平和について積極的に取り入れてみよう。 でも、この場合、自分が上手くディスカッションをリードし、コメントもしないといけないので、力量が問われる。あぁ、日々勉強だなぁ。これで完璧!ってプレはないんだなって最近つくづく感じる。日々精進!?
ボストン市内のホロコーストメモリアル。 その横の碑文。自分じゃないからといって、無関心でいては 亡くなった人に与えられていた番号が いけないという内容。間違っていることには、声を上げなきゃ うずたかくガラスに刻まれている。 いつかは自分の身に起きることかも・・・。という内容かな?
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2002年5月7日(火) バースデー |
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今日は私の誕生日。 朝起きたら、ボストンでお世話になっているカップルがしっかりプレゼントをくれた。ボストンのTシャツ。ちょうどTシャツ欲しいと思っていたところなのよね〜。嬉しい&有難う!
今日はボストンの別の小学校5年生x3クラスに立て続けにプレ。 時間が短いので、日本文化紹介を兼ねてスライドくらいかなと思っていたのだけど、流れ的に第二次世界大戦について!という硬い話題に落ち着いた。 昨日とても良いディスカッションが小4で出来ていたので、きっと今日の5年生も大丈夫だろうと思ったいたけど、やっぱり色々意見が出て、今日もとても良い機会となった。 今日は原爆のこと以上に、9/11のことについての話題が増えた。ある女の子は、ニュースを聞き、当分はその話題には触れたくもなかったそうだ。話すと怖くなってくるし、考えたくなかったと言っていた。ある先生もそういえば、子供達はしばらくはテロのことを話題にも出さなかったと言っていたのを思い出した。子供の心にも深い傷を残した9/11事件。
あと、昨日もそうだったのだけど、第二次世界大戦というと、ホロコースト、という子供も意外と多かった。 家族はその時ポーランドに居て、もう少しで収容所に送られるところだったとか、ドイツで親戚がホロコーストで殺されたとか、生々しい話だった。私にとっては、ホロコーストは本で読む世界だったのだけど、実際子供達からその話を聞くと、よりリアルに感じられた。やっぱり一度アウシュビッツなどを訪れてみなければと思う。
この学校は本当に国際色豊かで、あるクラスで、第二外国語の話になり、英語以外に何か外国語を話す人?って聞いたら、なんと半分以上の子供が手を挙げた!フランス語、ロシア語、スペイン語、中国語、ヘブライ語、そしてアフリカのどこかの言葉などなど。びっくりだ。そしてこの学校では少し前まで中国語のクラスがあったらしく(これも小学校では非常に珍しい)、私が自分の名前を漢字で黒板に書くと、子は子供って意味で、美は美しいって意味で・・・と子供達は意味が分かるのだ。信じられない・・・。ここは本当にアメリカか?! こんな国際色豊かな環境で暮らしていたら、あまり人種の垣根もないかもしれない。少なくともこの地域、学校はそう見える。そして、それはとても良いことだと思う。
近々時間を作って、小学校での平和&戦争プレに備えて、ディスカッションの方法などよく考えてみようと思う。 今日もそんなこんなで、小学校でのプレを何とも言えない充実感(100%ではないけど)を感じながら、ロードアイランドの家路についた。
そう、今日は誕生日に備えて、家族がパーティーの準備をしてくれていた。 といっても、今日は平日なので、子供達が家に帰ってくるのは4時だし、就寝時間は8時。なかなか忙しい。 でも、風船で部屋をデコレーションしてくれたり、クリスティンは夕食を作ってくれたり、バナ-(ポスター)を作ってくれたり、手作りの暖かい誕生日パーティーをしてくれた。 この家で誕生日を迎えられて良かった! ケーキも私がリクエストしたダブルチョコレートケーキを焼いてくれたのだけど、しっかり年の数だけロウソクを立ててくれてて、かなり数多かったなぁ。。。私の日本の家族は適当に数本さすだけよ、と言ったら、私達はクエーカーだから正直に年の数だけさすのよと笑いながら言っていた。正直すぎ。
ね、たくさんのロウソクがささってるでしょ・・・。
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2002年5月8日(水) 時間に追われる |
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今日は久々のオフ。あ〜、幸せ☆ でも、荷物を解いたり(また明後日にはパッキングするんだけど)、メールをチェックしたり、バタバタしていたらいつの間にか1日が終わってしまった。あ、夕方にはレベッカとイライの野球の試合も見に行ったな。
なんだかアメリカも日本もみんな時間に追われて生活してるなって気がする。この点では、2国はとても似てる。 特に子供は忙しい。日本も塾だの習い事だの大変だけど、こっちも負けず、いやそれ以上に習い事はたくさんしてるみたい。うちだって、ほぼ毎日のように誰かを習い事に連れて行かないといけない状況だし。 先進国のちょっと悲しい現実だなぁ。。。
さて、私のやることリストもまたまた溜まってきた。 金曜の夜からなんと9日間の長旅に出てしまうので、それまでにある程度ケリをつけたいと思う。頑張ろっと。
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2002年5月9日(木) 期間限定滞在の悲しさ |
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今日はバスに乗り、朝からプロビデンス市内に出掛けた。 10時から人と約束があったのだけど、それまでに時間があったので、マユミちゃんの通う大学の語学コースに30分ほど混ぜてもらった。マユミちゃんとは、同じ街に住む日本人の女の子で、たまに会ったり、メールをちょこちょこしたりしている。彼女は毎日このバスに乗って通学している。
今朝は、ライティングのクラス。生徒はアジア系が断然多く、約15人。みんなちょっとつたない英語ながら、一生懸命話している。 先生が、英文を書くときの注意点をパワーポイントを使って説明している。私は正式にライティングを勉強したことがないので、30分ながらとても役に立った。
で、今日の10時からの約束は、以前私のプレに来てくれていたジェーミーという男の子とのブランチで、彼は京都で1年間過ごしたこともあるという日本語もOKな子だ。子といっても、ブラウン大学を卒業後、非営利団体で若者のために働いている。 彼はお昼から仕事なので、あまりゆっくりは話せなかったけど、語学が好きとか、将来は先生になりたいとか、共通点がたくさんあったので、とても楽しい時間を過ごすことが出来た。とても真面目な子だ。
最近思うんだけど、とても良い人とか、これからもずっと交友を深めたい人にNACの活動を通してたくさん出会うのだけど、出会ってももうじき私はこの地を旅立ってしまうので、それが残念で仕方ない。もちろん、1回会っただけでも、その後も手紙やメールで交友は続けられるけど、なんだかとても残念。 まぁ、旅好きだとそれは仕方ないことなのかもしれない。
あ、そういえば、ミネソタの次のホストファミリーから今日手紙が届いていた。10歳と15歳の男の子がいる家庭だ。犬も二匹。やった! こういう新しい出会いもあるから、前向きに別れも捉えないといけないのだね。
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2002年5月10日(金) リトリートへ再び |
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1月にアメリカに到着して間もない頃、クエーカーの小学生たちのキャンプ(リトリートと呼ぶ)に参加したのだけど、今日から2泊3日でまたそのリトリートにスタッフとして参加している。前回は会場がボストン郊外の町中で、寒かったこともあってほとんど外には出ず、室内ばかりだったのだけど、今回は同じマサチューセッツでもかなり田舎の牧場が会場で、今回のテーマは”動物と触れ合う”ということなので、外で動物とも遊ぶらしい。
前回は訳も分からず参加して、慣れるのに大変だったイメージしかないのだけど、今回は会場に行ったら半分以上の子供のことは覚えていたので、何だかほっとした。あれから3ヶ月以上経ったんだぁ〜。
今日は平日なので、子供たちは学校があり、各地から皆が到着したらもう夜の8時近くになっていた。 なので、夕食を食べ、ちょっと輪を囲んでいたら、既に就寝時間となった。やれやれ。
さすがにこれまで3ヶ月、小学校も多く回ったので、子供の相手は少し自信が出てきた。慣れた。 でも、やはり他のNACのメンバーと同じく、アメリカ社会にはツキモノの大人同士の”社交タイム”がどうもねぇ。。。 少人数で話すのには別にいいんだけど、10人近くで輪になって、ロッキングチェア-でお茶を飲みながらの雑談。 日本に居ても大人数の中で話すのはあまり好きじゃないので、それが英語でとなるとなおさらだ。 なので、今夜はパスした。フェードアウトしてみました。 あぁ、まだ何もしてないけど、疲れた。明日も無事に早く終わりますように☆
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2002年5月11日(土) 動物と食肉 |
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子供は朝が早いんだ。これが。 平日はきっとそうでもないんだと思うんだけど、休みの日やこういうベントになると、6時前からごそごそと起き始め、6時半にはもう賑やかだから、こっちは泣きそうになる。朝がと〜っても弱い私は、リトリートに来て何が一番辛いかって、朝が一番辛い。これが、高校生のリトリートとなると、さすがにこんなことはないらしいんだけど。。。
今日の昼間は、まさに"動物と触れ合った”。 といっても、東京とかNYとか大都会の子供ではないから、住んでいるところ自体かなり自然に囲まれたところの子が多いのだけど、今日は生後数日というヒヨコを抱いたり、子羊を見たり、牧場などでないとなかなか経験できないことを習った。
今回参加している子供40人ちょっとの中にも数人”ベジタリアン”の子たちがいる。 小学生の食生活は親に影響されてることが大だと思うけど、彼らの理由は”動物を殺すのは嫌だから。”ということだった。それに対して”でも食物連鎖だから、それはしょうがないことだよ。魚だって、人間が食べなかったら、どんどん海で増えて、生態系が壊れてしまう。”と言う子も居て、そうそう確か生物の時間に習ったよなぁと思いながら聞いていた。 でも小学校1年生の女の子が言った”ヒヨコはかわいかったし、殺すのは可哀想。でもチキンってすごくおいしいんだもん!!!”という言葉が一番みんなの心理を代弁してるんじゃないかな。確かに命ある動物を殺すのは可哀想と思うんだけど、”鶏肉”に姿を変えてしまうと、抵抗なく食べてしまえるんだよねぇ。 それでもやっぱり可哀想、とベジタリアンになる人は、よっぽど心優しい人に違いない!
午後は、ハイキングをしたり、刑泥(ケイドロ。古い?)のアメリカ版みたいなのをしたり、天気が良かったので、みんな外でのびのびと過ごした。しめしめ、これでみんな夜にはすぐにバタンキューだな、と思ったら、案の定、今夜は皆、寝つきが良かった。もちろん私も。 夜の社交タイム(本当はただのスタッフミーティングなんだけど)も今夜はちゃんと参加して、責任は果たしたぞ、って感じ。 でも、やっぱり私はテキパキしてるタイプじゃないので、あまりこういうリーダーシップを要求されるような活動はちょっと向いてないかも・・・と思わざるを得ない。 人に指図されて動くのならできるけど、人をリードするのは得意じゃないから。。。 ああ、ダメだなぁと思うけど、これも性格だからしょうがないよねぇとも思う。個々違うんだから。
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2002年5月12日(日) 家に戻る |
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今日の昼でリトリートは無事終了した。 今回は、無難に終わった感じ。あまり感動!とか激疲れ!とかはない。 でも、もうこのニューイングランドのリトリートに参加することはないんだなぁと思うと、結構寂しい。 せっかく子供の名前もほぼ覚えたし、手順も分かってきたところだから。まぁ、これも仕方ないね。
本当は、このリトリート後、3月にお世話になったカイヤという小3の女の子(リトリートに参加している)の家にまた1週間ほどお邪魔することにしていたのだけど、金曜に突然気が変わり、来週の水曜にバスで行くことにした。 そのまま彼らの住むニューハンプシャーに行けば、片道車で連れて行ってもらえるから楽なのだけど、どうせ月〜水まではプレがなく、彼らの家でのんびりさせてもらう予定だったので、どうせパソコンをパチパチしたりするのなら、慣れない人の家で気を使いながらするより、ロードアイランドの家に戻り、自分の部屋でのんびり過ごす方が気分的にも楽だし、他にもしないといけないことが溜まっていたので、一度家に戻りたくなったのだ。 カイヤの家庭には前回も1週間ほどお邪魔して、ご夫婦の寝室を使わせてもらってちょっと気が引けたし、6月中旬にはミネソタにお引越しするということで、パッキングなども進んでるみたいだから、あまり長居するのも悪いなぁと思ったことも背景にある。
もう一つの理由は、トレイシーだ。 トレイシーは、Karinの仕事のパートナーで、同じく石を彫っているのだけど、彼女には私がアメリカに来て以来、年が近いということもあり、精神的&足的?にもとってもお世話になった。 そのトレイシーが来週の水曜から、2ヶ月の旅に出てしまうのだ!来週を逃すと彼女にさよならを言えずお別れとなってしまう。
旅といっても、その内の1ヶ月は研修会に参加するためで、何の研修かっていうと、”ワラで家を作る”学習会らしい。そう、あの三匹の子豚の一匹が作った藁の家。 藁と藁の間にセメントを塗りこんだりして、りっぱな家が作れるみたいで、それは資源のリサイクルにもなるし、風力発電などを用いて、エネルギーも節約できるような家が作れるらしい!そんな作り方の本まで出ている。 トレイシーは将来は、自分の手で藁の小さな家を作り、そこに住むのが夢なんだそうだ。なんか変わってるけど、スゴイなぁ。自分で家を建てようなんて、私には考えもつかないよ。
とにかく、このお勉強のために、来週水曜日、トレイシーは仕事を2ヶ月離れ(これまたある意味スゴイけど)、南部アリゾナ州へ向かうんだって。その2ヶ月の道中も、ずっと車で一人で移動し、友達の家をハシゴし、時にはテントを張り、キャンプもするらしい。一人でよ!! うーん、何だかとってもたくましい。 リトリートから一旦戻ったことによって、トレイシーにまた一目会ってサヨナラもちゃんと言えるので、やっぱり戻ってきて良かったなと思う。
リトリートもとりあえず無事終了!といきたいところだけど、なんとKarinが私のカバンを積み残して会場を発ってしまったのよねぇ。すっごいショック。私の荷物も全部積んだという言葉を信じてチェックしなかった私が悪いのか。 ドライヤーから化粧品から下着まで全部入っていたのに。。。 貴重品は入ってないし、安全な場所だから、盗まれるってことはないにしろ、かなり恥ずかしいよね。最後のスタッフが保管してるはずだけど。 遠いので、今日は引取りには行っていないけど、水曜のニューハンプシャー出発までには引き取りに行かないと困る。だって眉かけないし、髪乾かせないし。ふぅ。
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2002年5月13日(月) 自分を磨く |
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昨日からの雨が今日は益々ひどくなり、1日中大雨。 でも、今日は1日家に居たし、今年は雨が少なく干害の心配をみんなしていたので、雨で良かったかも。 それでもやっぱり雨の日は気分もちょっとブルー。学校や仕事があった人(大抵の人?)はもっとそうだろう。
今日はメールを書いたり、なにやらしてるうちに1日が終わってしまい、もう夜の1時すぎ。 早く寝ないと明日の朝また遅くなって悪循環になってしまう。 明日は昼前からプロビデンス近くのオリエンタルフードストアに行き、日本食を買い、ランチに手巻き寿司&味噌汁を作ろうと思っている。トレイシーとのお別れランチ。 トレイシーはベジタリアンなので、魚や肉は料理に使えない。 アボガドなどを使い、カリフォルニアンロールでも作るかな。
あと、明日のランチには、アナというイギリス人の女性(24歳)も参加する。 彼女は1ヶ月だけイギリスの出版社を休み、今、Karinのスタジオで石を彫る手伝いをしている。もしかすると、会社を辞め、アメリカに働きに来るかもしれないそうだ。 手に職がある人はいいなぁ。技術を持っている人は労働ビザも比較的容易に取れるみたいだし。 しかも、アナは私と同じ”外国人”と言っても、英語も通じるし、外見からではアメリカ人と変わらない。 少し、いーなーと思った。 でも私はわたし。人を羨ましがる前に、自分がしっかりすればいいのだ。自分磨きね。
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2002年5月14日(火) ざるそばを堪能 |
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先週の私の誕生日から早1週間。1年って早い!まさに坂を転がり落ちているような気分だ。。。まぁいいけど。
今日は朝起きて、部屋を片付け、昼前にはトレイシーと共にオリエンタル食材店に向かった。 ここは1ヶ月くらい前に初めて訪れたのだけど、日本食で必要なものは大体揃うので、とても感動したお店だ。 今日は”手巻き寿司”の予定だったのだけど、お店に行って豊富に並ぶ麺類を見てたら急に気が変わり、ざるそばとおにぎりとお味噌汁にメニュー変更となった。
ざるそばは、麺を茹でたら後は既に出来てビンに入っているダシ(たれ?)を器に注ぎ、ネギやきざみ海苔を添えるだけなので、超スピーディーに出来てしまった。その代わり、せっかくササニシキを買って炊いたお米は水気が多く、いつまでもベタベタで、終いには焦げ始めご飯が茶色っぽくなってきたので、納得いかないままおにぎりは諦め、そういえば出発前に日本から送っていたすし太郎があったので、それを混ぜてみた。なんて適当な。。。 でもなかなかまともに仕上がった。よしよし。 というわけで、ちょっと当初のプランから予定変更になったけど、トレイシーもこのランチを喜んでくれ、めでたし。
って、こういうことをしていたら、あっという間に夕方になって、明日のニューハンプシャーの出発を控え、焦って今バタバタしているところ。もう夜中の2時を過ぎてしまった。早く寝なきゃ・・・。
夏の日本への帰国プランも、うーっすらと予定が見えてきた。 日本に帰ってまずしたいことといえば、髪を切りに行きたいな。こっちに来て、なかなかアメリカの美容師さんの腕前は信用できず、ずっと行ってない。ジーンズとシャツの今の生活から、日本に戻ったら少しはきちんとした身なりをしなきゃね。
さて、明日から4泊5日でのお泊りプレです。 プレも上手くいき、たくさんの良い人との出会いもありますように☆
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2002年5月15日(水) 人生の行方 |
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1ヵ月半ぶりにやってきました。ニューハンプシャーのピーターボロ。 今日はボストンでバスを乗り継ぎ、夕方にナシュアという街に到着。そこには、私がお世話になるファミリーの知り合いが迎えに来てくれていた。その方の家に立ち寄り、夕食をご馳走になった。エリザベスというその女性には二人のかわいい女の子がいて、その内の一人には先週末のリトリートで会っている。 彼女達のお父さんは、イラン人で、17歳の時にアメリカに留学してきて、イラン革命などがあったので、それ以来ずっとアメリカに住んでいるそうだ。今日の夕食もお父さんがイランのお米料理などを作ってくれた。 そう言われてみれば、女の子達もどことなく中東系の血が混じっている感じもしなくもない。 同じような見かけの女の子が、イラクやアフガンにも居て、彼女たちは戦争だの爆撃だのと毎日心配しなければならないのに、アメリカに生まれたこの子達はとても恵まれた環境で暮らしている。生まれた国・場所によってこうも変わってしまうのは、やっぱり”仕方ない”の一言で片付けちゃいけないんだと思う。特に、その国の文化や習慣などによってではなく、飢えや戦争など子供達が経験しなくても良いようなことによって彼らの境遇が変わってしまうのは防ぐべき。明日は我が身で他の人のことも考えないと。
エリザベスの一番下の妹さんは、ピースコア(日本で言う海外青年協力隊みたいなもの)でアフリカに3年住み、アメリカに戻ってきてこれから何をしようか・・・といきなり行き先を見失いそうになったのだけど、この秋から大学院行くことにしたそうだ。その妹さんと私は1つしか年が違わないので、とても人事とは思えなかった。 一人でそういう電気も水道もない土地に行き、現地の人のために何かをするって、私にはできそうにないからスゴイなって思う。 そういえば、昨日ネットサーフィンしてて見つけたんだけど、大学生の時にOB訪問でお会いした女性のインタビューが載っていて、彼女は今、国連のUNHCR(国連難民高等弁務官)でコソボのキャンプで働いているそうだ。あの時は私もまだ大学3年生で、その人もまだ大学院を出てすぐUNHCRで働き出して間もない頃だった。二人で青山のタイ料理レストランでご飯を食べたのが懐かしく思い出された。それ以来、連絡を取っていなかったのだけど、お元気でまだ国連でキャリアを積んでらしたんだな〜。その人も、コソボ以前にも色んな国で勤務されていたようだ。もちろんキャンプがあるようなところばかりだから、平和で豊かな場所ではない。 そういうガッツのある女性を見ると、すごいな〜、私もやってみたい!と思う反面、私には無理だなって思っちゃう。 いつも子供達には”無理だなって思う時もあるけど、本気でやってみたら叶う夢だってあるよ。”と言っているくせに、自分が挑戦する前から諦めてたらダメだけど。。。 人の人生って、ここで諦めるか、それとも頑張ってみるかによって、また大きく変わってくるんだと思う。いつも挑戦し続けるのははっきり言って疲れるけど、かといってやる前から諦めて後で自分が後悔しないかってのも疑問。 本当に人生は選択の連続だね。
さて、今まで何も準備してないんだけど、明日はある私立の高校のアッセンブリーで1時間のプレ。しかも、なんと全校生徒200人の前で・・・。よく考えると、大変なことだ!とドキドキしてきた。上手くいくかなぁ。スライド見えるかなぁ。テープの音は聞こえるかなぁ。あぁぁ、大丈夫かなぁ!?
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2002年5月16日(木) シュタイナー教育に触れる |
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結局朝になっても、今日のプレで何を話すかうまく頭の中でまとまっておらず、出発前の1時間、部屋でブツブツと声に出しながら考え&練習してみていた。 でも、今までの経験からして、私はどうも、事前に準備をばっちりして、何を言うかもしっかりまとめ、完璧な状態でプレに臨む・・・という優等生パターンよりは、よく言えばその場の雰囲気を読みながら、悪く言えば行き当たりばったりで自分が思ったことを話す方が好き(楽?)なので、今日も生徒達を前にしてその場になれば何とか乗り切れると自分を信じてプレに臨むことにした。
200人と思っていたのは聞き間違えで、全校生徒は120人の学校だった。高校生4学年で120人だから、1学年30人のみ。なんてこじんまりした学校・・・。 でも、それはこの学校の校風で、120人以上は取らないそうだし、できるだけ寮生の割合を増やしたいそうだし(今は半分)、海外からの留学生もドイツやフランスなどのヨーロッパ系ばかりなので、アジア人留学生も入れたいそうだ。
この学校は、シュタイナー教育の学校だ。 シュタイナー教育って聞いたことはあるけど、あまりどんな学校か知らなかった。 これはドイツが発祥の地で、アートや音楽などに力を入れ、詰め込み教育よりも、子供達に考える力を育ませるようなスタイルの自由な校風が特徴。 そして、小・中学校では、ずっと同じ先生が1年生〜8年生(中2)まで同じ生徒を受け持っていくらしい。8年間も同じ先生だったら、共に成長する家族みたいなもんだね。
今日は事前のリクエストにより、丸木スライドを見せたのだけど、アートに力を入れている学校ならなおさら丸木スライドはうってつけだったと思う。 会場はあまり広くない木造のアッセンブリールーム(300年前の建物!)で、ここに120人も入るの?って感じだったが、皆、床に座ったり、階段に座ったり、問題なくフィットした。
最初に校長先生が私のことを少し紹介してくれバトンタッチしてもらった瞬間から大きな拍手で迎えてくれ、うーん、いつものプレとは何か雰囲気が違うぞ・・・と感じた。 その後も、丸木スライドを観終わり、プロジェクターをパチッと切った瞬間、大きな拍手をしてくれ、いやぁ、丸木スライドが良かったのに、なんだか自分が拍手してもらってるみたいで照れ臭いなぁ・・・という気分で、本当に気分を良くしてくれる生徒たちだった。 スライド後、自分が思っていることとか、被爆者の方々の話をしたのだけど、120人の目が全てこっちに向いているのが分かり、いつもなら若干いる、うつむいている子やだるそうにしている子は見当たらなかった。そんな生徒達を前にすると、こっちもいい加減なことはしゃべれないな、という引き締まった気分になった。 全て終わった後には、一斉に鳴り止まぬ拍手・・・。でも、これは何なんだろう。いつも高校を訪問する時は同じようなエネルギーを使い話しているはずなのに、この反応の違いは何? 大抵の高校を訪問した時は、”授業の一環で聞いている”、という受身的な感じなのに大して、今日は”新しいことを聞ける機会”として積極的に受け止めてくれているのが分かったし、プレ後多くの生徒が集まってきてくれ”来てくれて有難う!”と言って行った。
一体この好ましい雰囲気は何なんだろうと思ったが、今日の自分のプレが特別良かったとも思わないので、やっぱり生徒達の雰囲気が違うのだと思う。 アメリカの学校でも、日本のように”詰め込み式”の教育が横行していて、テストテストで大変だ。学校ではテストで良い点を取る方法を教えているようなもので、子供達が本当に必要な心の教育や考え方を身につけることを公立高校ではしていない、と感じる親たちが多く私立の学校に入れるようだ。 実際このシュタイナー教育の学校では、子供達が自分達で行動しているし、今回私を学校に呼んでくれたのも、生徒の女の子だ。学校にはそういう平和に関する委員会のようなものが生徒により運営されており、いつも色んなゲストスピーカーを生徒達が考え、招いているそうだ。 生徒の何人かと話をしたが、本当にこの学校のことが気に入っているらしく、イキイキしているように見えた。
教育は本当に子供達に大きな影響を与えるので、公立・私立に関係なく子供達は良い教育を与えられるべきだと思うし、先生もそれに値するような人格の人がなるべきだと思う。 そして、政府も莫大なお金を軍事費に費やす前に、子供達の教育にもっとお金を費やすべき!子供達の口からしばしば聞く、”去年までは外国語のクラスがあったのに、予算がカットされて、今年からなくなった”という類の話はあまりにも悲しすぎるから。
昔は農家だった建物を学校として使っている。環境は抜群☆
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2002年5月17日(金) ちょっとお疲れ気味 |
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今日は1日中、とても疲れていた。一昨日から睡眠はしっかり8時間取っているのに、何故か体も疲れてる感じだし、悪い夢ばかり見る。
でも今日は午前中はゆっくり出来たので、メールをチェックしたり、本を読んだりした。 午後からは、3月に訪問した小さな小学校を2ヶ月ぶりに訪れた。前回は雪にまみれて遊んでいた子供達も、今日は花が咲く庭の芝生の上で、楽しそうに遊んでいた。 前回、旭美ちゃんと3日も訪れ、いい加減することもなくなっていたので、今日は子供達に絵を描いてもらった。 日本と世界の子供達が、灯篭の紙に絵を描いて、それを交換するというプロジェクトがあるらしく、今日は初めての試みでアメリカの子供達に平和に関してイメージする絵を描いてもらった。 これは、早速西宮のプロジェクト担当の人に送付する予定だ。西宮市役所に展示されるらしい。 私自身初めてのことなので、まだあまり流れを追っていないのだけど、とりあえず色んな国の子供達が平和に関するイメージを分かち合うのは良いことだと思うので、今日子供達が描いた絵が8/6に広島の元安川を流れるのを楽しみにしている。写真を撮って送ってあげようっと。
それが終わり、夕方からはクエーカーミーティングでのプレ。 今滞在している家庭がクエーカーの人なので、彼らのミーティングに行ったのだけど、段取りも悪く昨夜になってようやくメーリングリストで今日のことが回ってきていた。しかも、忙しい金曜の夜。何だか悪い予感がしたけど、案の定、来てくれたのは私たち以外には1カップルだけだった。 正直がっかりしたけど、まあ、こういうこともある。 とってもカジュアルな雰囲気(家のリビングでも良かった?)で丸木スライドを見て、後で個々の意見も聞けたので良かったんじゃないかと思う。 ただ、やっぱり人に来てもらうにはアレンジする人も大変な作業が必要なんだなと実感した。
とりあえずちょっと疲れているようなので、明日・明後日とお出掛けはするけど、プレではないので、少し気楽だ。 早くロードアイランドの自分のベッドで1日2日ゆっくりしたいかも・・・。
みんなで灯篭に絵を描きました。
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2002年5月18日(土) 季節外れの雪め! |
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今日はこの街・ピーターボロのアートフェスティバル。今年のテーマはずばり「PEACE」!! このフェスティバルのためにこの街に戻って来たといってもいいくらいだ。 3月に訪問した小学校のクラスで、1000羽鶴を折っているクラスがあって、このフェスティバルに参加するということだったので、私もパレードを一緒に歩くことにしたのだ。
はっきり言って、私にしては珍しく、とってもこのフェスティバルは楽しみにしていた。(通常はあまりお祭り好きではない。)
でも、朝早く起きると、外は激しい雨。あぁ、なんてことだ・・・。 でも9時にフェスティバルが始まるまでにはなんとか止むんじゃないかなって期待していた。 そして1時間後。→→→雪が降り始めた。スノーぉ。 私たちの期待をよそに、雪はどんどん激しくなり、とうとう積もり始めてしまった・・・。 今って、確か5月も後半。そ、そんな・・・。よりによって今日に降らなくてもぉぉぉ。 ニューハンプシャーでも5月に雪が降るなんて滅多にないことらしい。アンビリーバボー!と皆言っていた。
というわけで、今日はフェスティバルには最悪の天候になり、寒さで手の感覚を無くしながらもパレードに参加したのだった。 この天気のお陰で、テーマは平和なのに、みんなの表情は大変厳しく苦痛に満ちていた! 私は例の小学校の行列に混じり、彼らの作った折鶴が連なった竹竿を持ち、子供達と一緒に行進した。 ゴール地点には、この天気にしては多くの人が集まっており、通過する時にはみんな熱烈な歓声を送ってくれていた。 街角の至る所には、この地域の子供達が作ったたくさんの平和の旗が飾ってあり、一枚一枚に彼らの平和への思いが書かれていた。そして、パレードのために作られたパペット(人形)は、アラブの人形だったり、ダライ・ラマやマザーテレサの人形だったり、はたまたジョンレノンの言葉が書かれていたり、本当に平和一色のフェスティバルで、こういう雰囲気をサポートするこの地域の雰囲気もとても心強いものだった。
このような平和の祭典が今年は中止されるという話もちらほら聞かれる中で、このように平和を願うアメリカ人もたくさん居て、このような街もあるということが、アメリカの多様性を示すものだと思う。 ただ、彼らにとっての平和が、アフガニスタンを空爆することや、アメリカが常に勝利することを意味していなければいいなと思うだけだ。 ホストのKarinも言っていたけど、GOD BLESS AMERICA! じゃなくて、GOD BLESS THE WORLD!であるべきだ。
雪が舞う中、鶴を持って行進。寒かった〜!!! こんなジャンボ鶴もいつの間に作ってました。
後ろにあるようなピースフラッグが無数になびいてました。平和のサインや平和への思いで溢れてました。
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2002年5月19日(日) 環境問題を考える |
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今日は午前中は、ピーターボロのクエーカーミーティングに参加した。 色んなクエーカー家庭にお世話になるので、その都度違った雰囲気のミーティングを味わえて面白い。 まあ、どこのミーティングも、その部屋に誰も居ないんじゃないかと思うくらい静かなのは同じだけど。。。
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