2002 September

 

2002年9月1日(日)  ミネアポリスに戻る

 

今日は朝から、この街のクエーカーミーティングに出掛けた。

ジョエルはカトリックだけど、一緒について来てくれた。彼と一緒に歩いていると、数メートル歩くと誰かに出会い、挨拶を交わすことになるので、なかなか前に進まない・・・。若いのに、この街ののように顔が広い。

 

今回の旅は、子供向けプレ用に何も用意していなかったのだけど、クエーカーの子供達と一緒に折鶴を折ることになった。

まぁ、折鶴なら大丈夫!と思い、始めた所、その場に居たアジア系女性が口を挟んできた。”最初は白い方を表側にして折った方がいいわよ。”とかって。

”なにぃ?!”と思ったけど、紙の白い方を表にして折る折り方なんて知らないからその人に任せることにした。そして彼女は、”鶴は中国では人生を表しています。”とか”中国では結婚式の時に千羽鶴を作ります。”なんてペラペラ話し始めるので、もうその勢いに圧倒されてしまった。

何だかでしゃばりな人だなぁと思っていたのだけど、終わってから話してみると、若く見えるけど、大学教授だった。ミネソタ大学のデュルース校でアジア文化を教えているらしい。どうりでこんなしゃんしゃんして色んなこと知ってるんだー。元々はカリフォルニアの出身らしく、また、日本人の血も混じっているらしく”ガイジン”とか”ニセイ”とか片言の日本語も知ってた。

そして、この教授が10月に自分のクラスに私を招待してくれるというオマケもついた!

 

ミーティングが終わり、午後からは昨日知り合った日本人のTadが街を案内してくれた。

今日は生憎朝から雨&曇りでイマイチのお天気だったけど、それでもサピリアル湖は相変わらず綺麗で、散歩は気持ち良かった。

こんな街で暮らせる彼は幸せかも。そして、今週からは、子供のためのソーシャルワーカーとしての新しい日々が始まるらしい。子供から好かれてる彼はきっと良い仕事をするだろうね。

 

そして、夜、ちょっと久しぶりにミネアポリスに戻ってきた。

自分で家まで帰るとメッセージを入れておいたのに、バスターミナルにはマイナが迎えに来てくれていた!

雨がぱらついているから迎えにきてもらおうかなと思っていたところだったので、助かった☆

そして、迎えに来てくれたバンの上からは、大きなスパイダーが消えていた。

 

 

2002年9月2日(月)  レイバーデー(勤労感謝の日)@コープ

 

今日はLabor Day(勤労感謝の日)で祝日だった。

なので、子供たちは明日から新学年(新学期じゃないよ。)が始まる。

長〜い夏休みが終わり、ブルーになっている子も多いことだろう。

私の方は、やっと学校がオープンするので、本格的にNACのアポ取りに入る予定。

 

デュルースでは、夜は厚い布団を掛けないと寒かったのに、ミネアポリスではまだ夜も布団はいらないくらい。

今日も朝から弱々しいけど真夏並の太陽が昇り、日焼けしそうなくらいだった。

私は特に予定はなかったので、マイナと一緒にCOOP(コープ。生協)のボランティアをしに行った。

日本ではあまりCOOPとは縁がなかったのでよく分からないけど、こちらのCOOPと言えば、オーガニック(無農薬)フードを扱っていたり、豆腐や味噌も売っていたり、健康食品店のような役割もしている。

COOPでボランティアを一定時間したら、買い物をした際にディスカウントが受けられる仕組みらしく、多くの人が自分ができる範囲のボランティアをしているらしい。ふーん、そうやって成り立っているのか!

マイナと私が今日したボランティアとは、お店のウィンドウにペイントすること。ミネソタ大学傍のCOOPなので、"WELCOME BACK STUDENTS"とか"PHONE CARDS SOLD HERE"など。

私はどちらかというと、お店の中で食品をパッケージ詰めとか、価格付けなど、そういう方が好きなのだけど、今日はマイナにあわせて、アートの方をしてみた。

今後も余暇などに、ここでボランティアをする予定。

 

COOPでたくさん食料品も買ったので、今夜は私がカレーライスを作ることにした。

日本からカレーのルーは持ってきていたので、簡単にでき、お米が細長いロンググレインだったことを除けば、日本で食べるのと同じくらい、美味しくできた☆

 

明日からは家族みんな仕事&学校に行く日々。

一人の時間を大いに利用して色々こなそう。間違ってもダラダラして時間だけ過ぎないようにしなきゃ。

 

 

2002年9月3日(火)  一人で街へ

 

今日は朝寒かったものの、昼間は雲ひとつない青空が広がり、気持ちの良い1日となった。

私はお昼から久しぶりにダウンタウンへと出掛けた。

今日の収穫は、名刺を注文したことと、本屋へ行ったことかなぁ。それだけ・・・。

あ、あと散々またバス停探しに迷ったので、バスの乗り方とバス停の場所が分かったこと。これは大きいなぁ。

 

ダウンタウンには、ニコレットモールという名前の大きな通りがあり、この通りには様々なお店が連なっている。

この通りが私の行きつけとなりつつあり、今日も半日この二コレットモールで過ごした。

街にはレストランなどもたくさんあるけど、外で食事を一緒にしたりお茶したりする友達がいるわけではないので、やっぱり一人だとつまらないな〜と思う。

かといって、積極的に友達探しをする前に、学校探しの方をしなきゃと思うので、何とも中途半端な立場。

まぁ、今日から学校が始まったので、これから徐々に忙しくなってくるだろう。

今はやらないといけないことの取りこぼしがないように頑張るのみかな。

 

 

2002年9月4日(水)  ミネソタ大学にて

 

9月といえば、アメリカでは新学期。新学年というのかな?

昨日グレッグ(ホスト父)にミネソタ大学ミネアポリス校までのバスの乗り方を教えてもらったので、せっかくなので今日は本を買うのに大学を利用することにした。

でも、大学に着いてみて、一気に私は本を買うには間違った選択をしてしまったことに気づいた。

新学期ということで、多くの学生で溢れ返っており、本屋に至ってはテキスト購入のために長〜い列が続いていたので、結局私はその本はダウンタウンに戻って買った。

何だか若者のエネルギーで溢れていて、今日は昨日に続き天気が良かったこともあって、まるでカリフォルニアかどこかのマンモス大学を歩いているようだった。

 

でも、こんなに大勢の学生が居ても、知り合いは一人もいないのだから、私がもし今ここの留学生だったら心細いだろうなーとも思った。

私も東京の大学に入学して、初日はもちろん誰も知らなかった。東京も初めてだったから、最初はとても心細かったけど、すぐにオリエンテーションキャンプなどがあったのでクラスの子達と友達になって、それからは寂しいと感じる暇もなかった。

大学って、高校と違って、みんな個々のプライベートがあって、バイトしたりサークルに入ったり、ある意味薄く広い付き合いでもある。だから、留学生などにとっては、友達が作りにくい環境でもあるかもしれない。

クラスに居た唯一のマレーシアからの留学生のタンくんはどんな留学生活を送ってたんだろう、もっと声を掛けてあげればよかったな・・・などと思った今日のミネソタ大学探索だった。

 

 

2002年9月5日(木)  Good neighbor

 

実は1週間後に英語のTOEFLのテストを受験することにした。ミネソタ大学にて。

TOEFLは大学時代に受けたことがあるけど、それからテストは進化し、今では受験料も110ドル(13,000円位!)に値上がり、そしてテストも最近ではペーパーではなくて、全てコンピューターで行うらしい。

慣れない事が多いので、どんなスコアが出てくるか分からないが、とりあえず受験することにしたのだ。

早速、分厚い参考書を買って来て、勉強をしようと試みたものの、すぐに睡魔が襲ってきた。おかしいなぁ。。。

 

そんなこんなで今日は1日家に居たのだけど、日本語の書類をプリントアウトする必要が出てきた。

家にもプリンターはあるものの、USBケーブルで接続できないので、隣家に聞いてみることにした。

いきなり夕方、”ハロ〜!”と押しかけてみたのだけど、快く迎えてくれた。隣は音楽好きの一家が住んでいて、お母さんのマギーは学校で音楽の先生をしている。

結局は何故かプリントアウトできなかったのだけど、突然押しかけてすみませんと言ったら、”全然いいのよ。それがネイバー(ご近所)っていうものじゃない。マイナたちとはエイブラム(息子)が生まれる前から知っているのよ。いつも助け合ってきたし、それがここの近所のとても良いところだから。”とのこと。

確かにマイナも、私がここに来る前から、このご近所みんなとても良い人たちで・・・と言っていた。

 

実は、ダン(15歳の上の息子)はアダプト(養子)された子なのだけど、彼はこの近所の人たちに見守られて育った。

彼の本当のお母さんはマイナの親友で、ダンが4歳の時に若くして白血病で亡くなってしまったのだ。(お父さんはいない。)

そのお母さんは自分の命があと残り少ないことを知っていて、彼が居心地良く暮らせる場所を探していたようだ。

それで、このネイバーフッドなら何かと助けてもらえるということで、マイナたちはダンを引き取り、ここに家を買った。

子供がまだ小さい時に、自分の死を宣告され、一人になる我が子のその後を考えなくてはいけないなんて、心が痛む。

 

何かと移動の多いアメリカ人だけど、彼らはきっとここに残るだろう。

私は最初は、ロードアイランドの時みたいに、もっと敷地の広いご近所がいいと思ったけど(贅沢?)、ここはいわゆる日本で言う”下町の人情”が残っている貴重な場所なのかもしれない。

 

 

           

 

         ホストファミリーの薄紫色の家。私の部屋はその2階。      家の前の通り。ずーっと家が連なっている。杉並の中杉通りみたい。

 

 

2002年9月6日(金)  日本語学科訪問

 

昨日の続きで、どうしても日本語の書類をプリントアウトしたい!

というわけで、今日は朝からインターネットでミネソタ大学の日本語学科を調べ、電話をし、そこでプリントアウトしてもらうことにした。何だか連日、大学に足を運んでいて、まるでミネソタ大生になったような気分・・・。

 

日本語科の部屋には、日本人の方が5〜6名いらして、そこはまるで日本だった・・・。

早速プリントアウトしてもらい(ホッ)、その後、担当の若い女性の先生がお話を聞いてくださった。(出身の方だった!)

NACのパンフレットを持参していたので、時間がもらえれば是非プレをさせてくださいとお願いしておいた。そして、この地区の高校で日本語クラスがある学校のリストをもらった。

ロードアイランドは州の中に2校くらいしか日本語クラスがある高校はなかったが、ここはミネアポリス近郊だけで10校以上あった。

 

ミネソタ大学にも日本人留学生は大勢いるそうだ。

何だか街にもアジア系からユダヤ系、ネイティブアメリカン、アフリカンアメリカンなど多くの人種がいて、日本人だからって、”ガイジン!”って感じでは全然ない。

 

最近ちょっと心配なのが、プレの内容。

これまでのように、自分の名前を漢字で黒板に書いただけでは感激してくれないだろう・・・。キビシイなぁ。

私より全然この近所の子供たちの方が、異文化に慣れていると思うし。

そういう文化的な面では田舎の方がやりやすいかも。

でも、ヒロシマ・ナガサキのことは、街の子でも知ってないだろうから、やりがいは同じね。

 

今日は金曜日。TGIF! (Thanks God It's Friday!)

私の夕食の当番なので、スパゲティーにした。

2時間も料理に費やしてしまったけど、トマトソースから作って、かなり美味しかった♪ おなか一杯・・・。

 

 

2002年9月7日(土)  立ち上がった、元女性隊員

 

今日は34度くらいまで気温が上昇!

ミネソタの気候は、寒暖の差が激しいとは聞くけど、これが本当に真冬にはマイナス30度まで気温が下がる場所なのだろうか!?今は想像がつかないし、この暑さから逃れられるのなら、もう少し寒くなってもいい・・・とさえ思う暑さだった。

 

今日は週末なので、みんな家でバタバタ。

私は数日前にやっとロードアイランドから届いた荷物を解きにかかる。トータル9箱

日本からスーツケースに入れてきた荷物だけでこの2週間不自由なく暮らせていたけど、肝心のプレ道具がないので心細かった。これでやっとこの地にも落ち着けると言うものだ。

一気に全てやると疲れてしまうので、今日は半分くらいで止めにしておいた。残りは明日!

 

今日のランチは近所のベジタリアンのお店に行った。

昔から私を知っている人は、この生野菜嫌いの私がよくベジタリアンのお店に行くな〜と感心してくれてると思うけど、アメリカに来ると何故か生野菜さえ好きになって、日本では絶対口にしないセロリまで少しなら食べられるから不思議。

多分、無意識のうちにこのアメリカのジャンクフードに囲まれて、健康を意識してるんだろうなぁ・・・。

 

このランチに一緒に行ったのは、クエーカーミーティングで知り合った、シャンテという女性とそのパートナーのケイティーという女性、そしてマイナ。

シャンテは、Veterans for Peaceという退役軍人で平和を望む人たちのグループに所属して、自分の湾岸戦争での体験を学校などで語っている。まだ多分40過ぎくらいで、ぱっと見、男性かと思わせるようなかっこいい女性だ。

 

湾岸戦争では、劣化ウラン弾という兵器が問題になったが、この兵器の残忍性などを訴えるために日本の写真家・森住卓さんという方が出した薄い写真集がある。詳細は、http://www.transnet-jp.com/Duban にて。

この英語版が8月に完成して、1部もらったものがあったので、それを今度彼女に見せたいと思うが、彼女がそれを見てまた心の傷が開いてしまうんじゃないかと思うと、ちょっと怖い。

というのも、昨日、中国新聞から出版されている"Discounted Casualities"という劣化ウラン弾について書かれた英語の本を持参していたのだけど、その中身を見て色々思い出したのか、彼女は涙が込み上げてきたのだ。

でも、是非そういう出版物を多くの人に広めたいと言っていたので、勇気を出して見せようと思う。

 

実際にアメリカ軍として戦争に参加して、それは自国の兵隊をも利用する悪意に満ちた行為だと実感し、アメリカの高校から軍隊の勧誘をなくそうとしている彼女の行動にはとても説得力がある。(そう、アメリカの高校にはたまに軍隊の人が来て、高校を卒業したらアーミーにおいで、と勧誘しに来るのです。)

彼女と違い、実際に戦争の経験もなく、原爆も経験していない私がどうやって人々にNO MORE HIROSHIMA & NAGASAKIを伝えていけるだろうかとまた考えさせられたランチだった。

 

 

2002年9月8日(日)  ミネソタナイス

 

今日は日曜なので、朝からマイナと一緒にクエーカーミーティングに出掛けた。(ロードアイランドの時と比べて、出席率高し!朝が辛いと、ついおいて行って欲しくなるけど、それは雰囲気的にしずらい。)

朝8時半スタートと10時半スタートのがあって、今日は8時半スタートのに参加したので、目を瞑っていたら何度か記憶がなくなった。朝早いからしょうがないな・・・。

 

その帰りに話題になったのが、ミネソタナイスについて。

アメリカ人って、車のバンパー(後ろのところ)にステッカーを貼っている人がとても多い。

ロードアイランドでは、"God Bless America!"や"United We Stand"と書かれた国旗付のものをよく見かけた。

ここミネアポリスでもそういうのはよく見るけど、クエーカーの人たちのバンパーステッカーは一味違って面白い。

マイナの今のお気に入りは、"Peace Is Patriotic"(平和も愛国的)というもの。

昨日は、そういう平和関係グッズばかりが売られているお店に行ったけど(www.northernsun.com)、中にはちょっと過激なものもあった!”Bush Cheated"(ブッシュは(大統領選挙で)ズルをした)とか、"He's NOT MY President!"(彼は私の大統領じゃない)などなど、面白いんだけど、それをバンパーに貼るなんて勇気ある〜ってのも結構多い。

 

日本ではあんまりそういう形で意見を主張している人は見かけないし、好んでそういう政治的なことや自分の意見について議論してぶつかりたくないと言うと、それはミネソタっぽいということだった。

ミネソタの人たちも、ニューヨーカーなど東海岸の人に比べると、あまり激しく議論するのが好きではなく、できるだけみんなと円満にうまくやっていきたいという風土だそうで、それを”ミネソタナイス”というらしい。へぇ〜。日本人みたいだなぁ。

 

今日の午後の一仕事で、荷物も全部片付けることができた。

やっぱり全箱はフィットしなかったので、いくつかダンボールが外に出ていて見た目が悪いけど、あと4ヶ月くらいなので我慢しようと思う。

 

今週はまた9/11がやってくる。もうあれから1年か。

この1年で、世界は大きく変わったと思うし、自分も確実に変わったと思う。

 

 

2002年9月9日(月)  TOEFL勉強

 

今日は1日家に居たので、特に”出来事”らしいものはなかった。

相変わらず家族は皆とても忙しく、疲れている。

それでも、友達が夜遊びに来たり、所有してるアパートのペンキを塗ったり、夜9時からクッキーを焼いたり、タフすぎ!

 

今日はTOEFLの勉強をコ2時間くらいしてみた。

大学生の時に受験した際にはすごーく難しく感じたTOEFLだけど、今日やってみると、そこまでではないように感じた。

でも学校で習った文法など細かい点は忘れていることが多くて、日頃話すのには困ってなくても、試験となると辛い。

最近ではあらためて英語の文法を勉強する、なんてことはなかったので、ちょっと新鮮でもあるけど・・・。

 

試験は12日の木曜日。

と言っても、明日は人と会うし、明後日は9・11アニバーサリーだし、どうももうあまり勉強する暇はなさそう。

こうやっていつものようにぶっつけ本番になるんだなー。

 

今週は、”11日は何かするの?”が会話で飛び交っている。

とはいえ、通常のウィークデーなので、学校や会社があるから、11時には祈りの時間を持ったり、その日はアメリカの国旗色である、青・赤・白のものを身につけたりするみたいだ。

なんとなくこの日からまたしばらく、アメリカは愛国モードに入りそうで怖い。

 

 

2002年9月10(火)  一昔前の日本なら・・・

 

昨日までは33度くらいの気温が続き、夜になっても26度とかで、かなり不快指数の高い日々だった。

でも、今朝起きてみると、寒い!

外は青空だけど、風は冷たく、まるで日本の稲刈り時期(って東京の人は分からないか。)のような気候になっている。

一晩でこんなに激変とは、さすがあなどれないな、ミネソタの天気。

 

でも、お陰で勉強するには最適の環境だった。

クーラーがなくても、全然大丈夫!嬉しい。けど、これ以上寒くならないで・・・。

 

夕方に、近くのカフェである女性と待ち合わせをしていた。

この女性は、シェリーさんといい、日本(京都)にも2年間滞在していたことのある人で、96年に6週間ほど広島に滞在し、被爆者の方20人から聞き取り調査をしたこともある人だ。

私はNAC8期なのだけど、6期の真紀さんとも面識があった人で、他にもアメリカを訪問する被爆者の人たちのお世話などもしたことがあるような人で、話が通じやすいのが嬉しい。

 

彼女は国語(英語)の先生なのだけど、世界の国の”フェミニズム”についても講義したりしてるらしい。

今度彼女のクラスで、日本のフェミニズムについてお話してと言われたのだけど、フェミニズムなんて言われると構えてしまうなぁ。日本の女性の今を話せというのなら、一般的なことなら話せると思うけど。

でも、日本の女性もここ5年10年でどんどん変わっていっているので、一般的なことっていうのもまた難しい・・・。

そう、シェリーさんが指摘したように、もし彼女が初めて日本に来た15年前だったら、今の私は、”この年で結婚もせず何を海外をフラフラしてるんだ!”って言われてしまいそうだもの。

でも今は私の友達、まだ半分以上結婚してないし、何だか安心してしまうのよねぇ。

この”お互いを牽制し合いながらの安心”がどんどん結婚年齢を上げているんでしょう。

 

 

2002年9月11(水)  あれから1年

 

去年の今日は、広島の自宅で渡米の準備をしていたら、母が何やら下で騒いでいるので行ってみると、高層ビルに飛行機が突っ込んでいるテレビの映像だった。

最初は現実にピンとこず、何度も流れる映像をぼーっと眺めているだけだったが、少ししてようやくこれは世界にとって大変な事件が起きて、私の渡米どころの騒ぎではないんじゃないか!と現実に戻り、早速めぐちゃんに電話をしたのが昨日のことのように思い出される。

あれからもう1年。

今日もやっぱり真っ青な空が広がる、まだ暑さの残る秋の1日だった。

 

私は今日は、昼前からマイナのお母さん(平和活動家)とそのお母さん(94歳!)の3人で、ミネアポリスのダウンタウンの公園で行われた平和集会に参加した。

9・11にどこに居るのが一番良いのだろう・・・と思ったのだけど、公立学校などでは特に行事があるわけでもなく、黙祷の時間を持ったり、教育委員会からの伝達をアナウンスするだけの学校が多かったようなので、この集会に参加をした。

 

会場には平日にも関わらず300人近く集まっていただろうか。

年齢層は幅広く、学生を除いた若い人からお年よりまで様々だった。

音楽あり、子供の合唱あり、詩の朗読に平和学教授のスピーチなど、平和への想いが会場には溢れていた。

Stand for Children(子供のために立ち上がろう)という歌詞があると、人々は一斉に立ち上がり、自国の誤った外交政策が諸外国からの憎しみやテロの危険を増長させているというスピーチがあると拍手が沸きあがった。

自分の国のことを客観的に見れている人たちがここにも居るんだな〜と思うと、嬉しくなってきた。

 

今日の集まりでは、9・11から1年ということで、もちろんテロでの犠牲者、そしてアメリカの空爆によるアフガニスタンの犠牲者への追悼の意を表したが、それ以上に、今危機的状態にあるイラクへの攻撃についての非難が集中していたように思う。

湾岸戦争以来、必要に応じてずっと空爆を続けているイラクに対して、経済制裁によって毎日多くの子供たちが亡くなっているイラクに対して、世界一の富と軍事力を誇るアメリカは、これ以上この国に何をしようと言うのか。

打倒フセインの目的達成のために、どれだけの人の命を犠牲にすれば気が済むのだろう。

まるでアメリカ人の命の重さを1000としたら他の人種の命は1としか見ていない、と発言した辺見庸さんの言葉が重なる。

イラクが核を持っている必要があるから攻撃するというのなら、アメリカこそが一番核を持っていて、しかも武器まで外国に大量輸出している危険なテロリスト国なんじゃないの?

しかもその核を人間に対して実際に使った唯一の国・・・。

 

アメリカ人がアメリカ中心の考え方を改めない限り、アメリカに対するテロはなくならない。

どんどん憎しみがこの国に向けられているのかと思うと、恐ろしい。

早く目を覚まして欲しい。

アメリカは素晴らしい面も多く持った国だと思ってるし、何よりこれ以上の犠牲者はどこにも見たくないから。

 

 

            

 

             平和集会の行われたローリングパーク               ミネアポリスのダウンタウン。高層ビルもある!

 

 

2002年9月12(木)  TOEFL受験

 

今日はいよいよTOEFL受験の日。

試験を受けることにして1週間ちょっとしかなかったけど、久々に”勉強”っぽいことをした。高校生の時みたいに。

やっぱり文法もいい加減だったし、単語力もないことがよく分かったので、これからは試験が終わったとはいえ、地道に少しずつでも英語の勉強を続けたいなと思う。

試験はミネソタ大学のコンピューターラボであり、以前みたいに皆で一斉にスタート!って感じでは全然なく、受け付け順に部屋に入り、PCのスクリーンを見ながら自分でスタート!って感じで少々拍子抜け。それに、インストラクションも全部スクリーンに出るので、テストに掛かる時間も人によって異なる。何だか個人主義のテストだ。

初めてのコンピューターテストで、どうなることかと思ったけど、意外とすんなり終わって本当にほっとした。

でも、これから全てのテストがこうやってコンピューターになるのかなって思うと、ちょっと複雑な気分。

 

さて、先日、15通のNACブローシャーを日本語クラスの先生に送ったのだけど、その先生達から早速反応が来始めた。

皆さんとても好意的で、10月から早速NACの活動を開始できそうだ。

しかも、大体ミネアポリス近郊の学校なので、泊まりじゃなくても全然通えそうな距離なのが、ロードアイランドの時とは違うところ。では、今回はしっかりこの家に根をおろして、ミネソタンになってNACの活動に専念することにしようかな。

そして、今回のミネソタでの特徴は、私がヒロシマ・ナガサキに重点を置きたいと思っているので、訪問校が高校中心になりそうなところ。小学校はある意味、心の安らぎになっていたので、毎回原爆のことだったらどうなるだろう。自分の気が滅入ってたりして・・・。

とにかく、ミネソタでは学校探しが予想通りあまり大変じゃないので嬉しいけど、自分の体力と相談しなきゃなとも思う。

 

 

2002年9月13(金)  今度はGRE

 

昨日やっとTOEFLのテストが終わり、やっほ〜!とハイになったのも束の間、来週水曜日にはGREというテストも受ける。

これは、アメリカの大学院に行くために受けないといけないテストで、アメリカの大学生でも難しい!って言うようなテストなので、私自身高得点をあげられるとは全然期待していない。皮肉なことに、私が一番苦手とする”数学”の分野でしか確実な答えが出せないだろう。

あと1週間もないけど、どんな問題傾向なのかくらいは知っておいた方がいいかなと思って、今日図書館でGRE対策本を借りてきた。予想通り、手も足も出ないくらい英単語が難しい。もういいや・・・。

 

今夜は私の夕食当番だったので、今日はシチュー

先週だったら、このくそ暑いのにシチューなんか食べれるか〜!って言われそうな天気だったけど、ここ数日は涼しいので、今日もフーフー言いながら美味しく食べた。こっちは、牛肉も安いので、たっぷり入れてみた。

そして、この家では毎食後、簡単なデザートを食べる。ブラウニーだったり、ヨーグルトだったり。

今夜は私のリクエストで、オートミールチョコレートチップクッキーをマイナと一緒に作った。

どんなクッキーも好きだけど、ミシガンにホームステイしていた時、そこのお父さんが作るオートミールクッキーがすごく美味しくて、それ以来あの味を追い求めているんだけど、なかなか出会えない。一瞬砂糖を食べてるのか?っていう甘さなんだけど、何だか病みつきになるようなクッキーだった。

でも、そこのファミリーは離婚してしまったので、もうお父さんと連絡を取ることもないのでレシピも聞けない。悲しい現実。

 

ここの家に来て、最初の頃は何がどこにあるのかも分からなかったし、遠慮もあってちょっと痩せたかな!?と喜んでいたのだけど、もうすっかり慣れてきて、いつでもお腹一杯だ。

ロードアイランドの時も、着いて少しした頃の写真は痩せて見えるのに、後半の写真は確実に太ってきていた。

これから冬になり、この極寒の地では外に出ることも少なくなるだろうから、あまり太り過ぎないように努力しよう!

 

日本は3連休なんだってねー。いーねー。

あ、でも私はいつも連休みたいなもんだ・・・。

 

 

2002年9月14(土)  日本人オフ会

 

先日訪問したミネソタ大学の日本語科で知り合いになったアキコさん

今日はそのアキコさんに誘ってもらって、ミネソタ在住の日本人の人たちが集うというピクニックに連れて行ってもらった。

朝は雨が降り、寒く、こっちに来て初めて長袖を取り出した。もうパーカーの季節だ。

 

ミネアポリスの隣町のセントポールの公園にアキコさんと行ってみると、既に何人かの人が集まっていて、最終的には50人近く集まったようだ。大学/院生が多かったけれど、アキコさんのように日本語教師の人や、研究員の人まで幅広く集まっていた。みんなでピザを食べながら歓談。

私のようにミネソタに来てまだ数週間という人も多かったけれど、もう10年以上住んでいる人なども居て、色んな日本人がいるんだな〜とあらためて感心。

長く住んでいる人でも、日本が嫌い!って言う人はおらず、”日本は帰りたいと思ったらいつでも帰れる場所っていう安心感があるから、頑張れるまではこっちで頑張ろうと思う。”、”日本ではなかなかできない分野のことなので、進んでいるアメリカの方で・・・”などという意見を多く聞いた。

私も同じような感じかなぁ。

NGOのことを本格的に学びたいと思ったら、進んでるアメリカやヨーロッパで少し修行をしたいような気もするし。

でも、私はきっと近いうち日本に帰ると思う。

私にとってアメリカは修行の場、やっぱり落ち着くのは日本で、だな。

 

ところで、昨夜はとても怖い夢を見てしまった。

学校に通うんだけど、全寮制の学校で、逃亡したら先生に捕まえられて、殺されてしまうの!!過激だけど・・・。

友達とか出てきてて、なんだかとてもリアルでめちゃ怖かった!でも夢だと夢の中で気づいていたから、早く目覚めようと必死で頑張った。

逃げたら殺されてしまうなんて、怖すぎ。

でも、目覚めた後、今のイラクへ戦争を仕掛けているアメリカがやっていることは、イラクの人にとっては同じようなもんなんじゃないかと思った。彼らは、攻撃から逃げるところがないんだから。

目覚めれば怖い状況から開放される夢だったらいいけど、夢ではない現実って怖い。

日本&自分自身がそんな怖い状況に巻き込まれないようにするために、世界からそんな怖い思いをする人をなくすために、やっぱり私は平和のために一生働こう!と思った朝の目覚めだった。(かなり不快な目覚めだったことは言うまでもない。)

それにしてもこんな怖い夢を見るのって、私は何かに追い詰められているのか!?

 

 

2002年9月15(日)  秋空の日曜日

 

昨日の夢とは打って変わって、昨夜はすごく良い&嬉しい夢を見た(はず)。内容を実はもう覚えていないんだけど、起きた時顔が笑ってた気がする。それだけ幸せな夢だったのだ。

 

そんな出だしの良い1日だったのだけど、何だか朝起きても体がだるく、今日のクエーカーミーティングには行かないことにした。

昨日の公園がちょっと寒かったので、風邪の兆候かもしれない。私だけじゃなく、子供たち二人も風邪気味。やばいやばい。

異国の地で倒れるわけにはいかないので、用心しよう。

でも急に冷えだしたから、みんな体調崩しちゃうんだよねー。

 

今日の昼間は、GREのお勉強を少々。でも、難しい&あまりやる気が起きず、挫折。犬の散歩に近くの公園に行った。

最近ちょっと沈みがちだったのだけど、こうやって頑張って外に出てみると、知らない人との出会いがあったり、良い気分転換になった。(いきなりスペイン語で話し掛けられたのはびっくりしたけど・・・)

スランプの時は、あまり無理をせず時の流れに身を任せるっていうのもよく聞く対処法だけど、私の場合は気が短い訳じゃないと思うけど、その方法はイマイチのよう。何もせず沈んでるのって、その時間が耐えられない。

私はとりあえず行動に移してみる。

これが空回りに終わるケースも多々あるんだけど、何もしないよりはいいかなって思う。

別に何かきっかけがあった訳じゃないけど、今日はなんだか復調の兆し。この気持ち良い秋空のお陰かな。

 

そーんな暢気なことを言っている間にも時間は過ぎているので、とりあえず勉強の合間に数通NACのパンフレットを送る手紙を書いてみた。

早くNACの活動を本格的に始動したいものだ。

 

                 

2002年9月16(月)  11月はカナダ

 

今日も夕方からちょっと鼻がシュンシュンしていたけど、まだ風邪の前段階なので、今を気をつけなきゃ。

でも毎日9時間近い睡眠を取っているので、体力的には全然大丈夫だと思う。。。

 

何だか数日前までの鬱状態?からは脱しつつあるみたい。気分的に分かる。

状況を変えるために、Eメールの署名の字を赤に変えてみたり(赤は元気になると聞いたので)、ネックレスを変えてみたり。

昨日からしているネックレスは、ネイティブインディアンのホピ族の村に行った方からプレゼントされたもので、何となくパワーがあるんじゃないかと勝手に思っている。まぁ、”信じるものは救われる”の世界だけど。

 

今日メールを頂き、11月には半月くらいカナダでプレをすることになりそう!(カナダって良い響きだな〜♪

ミネソタはカナダとの国境なのだけど、そこよりもっと離れた、東の方のナイアガラの滝近くの町で。

以前のNAC大使がこのファミリーにお世話になっていて、その関係で話を頂いた。

ナイアガラには7月に行ったばかりだけど、その時はビザの関係で泣く泣くカナダ側には入れなかったので、今回はしっかりカナダの方も見てみたいと思う。

とても良さそうな&理解ある方達のようなので、今から11月の訪問がとても楽しみ。

ミネソタではお泊りプレはあまりないだろうと思っていたので、今回みたいな大型お泊りプレは大歓迎だ。

久しくプレをしていないので、勘が鈍ってそうだけれど、10月に入ってプレが続いたら、慣れてくるだろう。

でも、今はかなりドキドキしている。プレをすることに関して・・・。

 

 

2002年9月17(火)  平井堅の古時計?

 

なんだか夜になって風邪気味になって、頭がぼーっとしてきた。外に出てないのに悪化するなんておかしいなぁ。

さっきからくしゃみばかり。

うぅ、明日はGREのテストなのに、こんな状態じゃあ集中できたもんじゃない・・・。

問題を見たらもっと頭が痛くなるかもだし。

 

昨日書いたカナダの件で、11月は半分以上ミネソタを留守にする。

で、12月に入るとみんなクリスマスモードで、きっとなかなか授業どころではないだろう。

となると、ミネソタでフルで活動できるのが10月のみ?!

できれば1月もフルでここで活動したいと思っているのだけど、まだホストと調整していないからどうなるか分からない。

有難いことに今日も何件が電話を頂いたのだけど、11月のお誘いが多く、断らないといけないこともあり、心苦しい。

実はミネソタでの活動はなかなか時間的に厳しいのかもと思い始めた今日この頃。でもガンバル。

 

ところで、平井堅の”大きな古時計”って何?

あの小学校で習った、おじいさんの古時計の歌がオリコン1位って?

そんなのなんか変・・・。あの歌が爆発的に流行るのが想像がつかない。

日本を離れてまだ1ヶ月弱なのに、日本は刻々と変わっていっているんだねぇ。

 

 

2002年9月18(水)  ふぅ、終わった!

 

ハァー、やっと終わった終わった〜、GRE!!

予想通りコテンパンにやっつけられてしまった私。久々にあんな劣等生気分を味わったなー。

コンピューターテストなので、結果は終了直後にスクリーンに出るんだけど、恥ずかしくて人様には言えない点でした。

でも、超苦手な数学だけが平均点を上回っていたのには笑えた。あんなので?

まぁ、終わったから良いのです。次っ!

 

日本は朝晩寒くなってきたみたいだけど、ミネアポリスもそう。でも日中は半袖でもまだ平気。(私はカーディガン着てるけど。

Karin(懐かしい!)からメールが来て、ロードアイランドはもう木々が色を変え始めたそう。ここはまだだよ。

Karinといえば、ロードアイランドの子供たちはやっと今週の火曜日から夏休み明けの学校が始まったらしい!

本当は9月頭からだったのに、先生たちのストライキでこんなに遅くなったんだって。

メジャーリーグも8月末はストライキか!って騒いでたし、この国は多いねー、ストが。

ストはしてもいいけど、子供たちやお客さんが犠牲になるのは勘弁して欲しいね〜。

 

 

2002年9月19(木)  アメリカ広し-食材編

 

ホスト父(と言ってもまだ34歳くらい)のグレッグは、病院でナースプラクティショナー看護婦さん+もっと知識がある人らしい)をしている。昨日から3日休みを取っていて、5連休!

そして、11月には2週間ほど休みを取り、お母さんと息子と三世代でフランスのパリに観光に行くらしい。何とも羨ましい仕事環境。毎日帰りは5時だし。

 

そんなグレッグと今日は自転車で、近くにあるというオリエンタルフード食材店に行った。

ロードアイランドにも小さいのがあったけど、その比にならない大きさの立派な建物だった。

それだけアジア人も多いってことなのだろう。

珍しいと思っておみやげに買って行ったお菓子類もちゃっかり売っていたし、はっきり行って日本とさほど変わらない品揃えだった。ちょっと値段が高めなだけで。

今日は夕食当番だったので(あっという間に回ってくる!)、ざるそば&おにぎり&お味噌汁という純和風で攻めてみた。

スティッキーな日本米を仕入れ、鍋でご飯を炊いたのだけど、今回はパーフェクトな炊き上がりで大満足。小さな幸せ

それにしても、豆腐も知らない田舎の子供たちがいるかと思えば、海苔もお味噌汁、蕎麦も知っているこの家の子供たち。

アメリカって広いんだな〜。

 

 

2002年9月20(金)  ”Spirited Away”

 

朝マイナが机の上にみんなに残していったメモに”Spirited Awayを今夜観に行くけど、誰か行く?”と書いてあった。そして、それと一緒に映画の宣伝広告の切り抜きが。それはまぎれもなく、あの”千と千尋”だった!

そう、今日から千と千尋の英語版”Spirited Away"が皮切りだったのです。

私は日本でこれは友達と観て感激して、この夏は甥たちとビデオをレンタルして観たから既に2度観てるのだけど、英語版を観てみるのもいいなと思って、彼らに同行することにした。しかもレイトショーだったので、夜10時からの開始。

 

映画館に着いてみると、長い列が出来ていた。そう、この映画の列。

初日ということもあってか場内もほぼ満員で、しかも夜なので客層はほとんどが若めの大人

宮崎監督の以前の作品、”隣のトトロ”や”もののけ姫”はこっちでも大人気だったみたいで、アニメといえども大人のファンも多いんだろう。

あ、ちなみにこっちでは隣のトトロは、"My Neighbor TOTORO"、もののけ姫は"Prince MONONOKE"だ。そのまんま。

 

映画では千尋も釜爺もみんなパーフェクトな英語を喋っていて、かなり羨ましかった。(釜爺は”カマジ”と発音されてた。

でも日本語の文字、例えば”生ビールあります”とか書いてあってもそれはさすがに訳してないので、笑いはもちろんおきなかったけど、日本の映画館では全然笑いなんて起きなかった箇所でガンガン笑ってて、笑いのつぼが違うなぁ〜。

そして日本人としてとても嬉しく誇らしく思ったのは、映画が終わると同時に会場から一斉に大きな拍手が起きたこと。

タイタニックみたいにみんなが泣けて終わる映画は知ってるけど、最後に大きな拍手が起きて、笑顔で会場を去っていく映画はあまり知らない。

日本のアニメは、日本人が思う以上に海外では人気で、評価が高い。そのことを最近実感してる。

というのも、日本に興味があるって人の多くがアニマ(!)だし・・・。

ま、日本はもちろんアニメの世界じゃないけど、良いアニメを通して日本の文化や様子が伝わっていくのはいいことなんじゃないかと思う。

こういう映画作りに携わるのも面白そうな仕事だな〜!

 

 

2002年9月21(土)  シンプルライフ

 

今日はいきなり秋本番!という天気になった。

風も冷たく、皆ジャケットを羽織っていた。朝晩(朝はあまり知らない)は息が白くなることもある。

あ〜、短い夏も終わりなんだな〜と思うと悲しくなってきた・・・。サムッ。

 

今日はマイナとそのお友達と、洋服を見に行った。

マイナは普段はペンキがたくさんついたような服でも着てる人なのだけど、さすがに学校の先生(アート)をするとなると少しばかりかしこまった洋服が必要ということで、今日はセカンドハンド(古着)のお店に行くことになったのだ。

今日は時間がなかったので1軒しか行かなかったけど、私は何も買わなかった。今、とりあえず着るものも全て揃ってて買う必要がないということもあったけど、どうも私は洋服の古着というかセカンドハンドのものはあまり着る気がしない。潔癖症って訳でもないけど、どうも人が着た服は・・・ってのがある。

でも、自分のもう着なくなった服は、別に買取ってくれなくていいから、どこかに寄付できればいいなと思っていた。

日本ではそういう服も全部捨てちゃってたけど、こっちはサルベーションアーミーだっけな、そういう無料で寄付するお店などもあるので、そういうところに着ない服は寄付して帰国しようと思う。

 

それにしても、今日の買い物の際には、何かいるものがあったっけ〜??と一生懸命考えたのだけど、今欲しいもの、買わないといけないものは特になくて、なんて恵まれた生活なんだ!とあらためて思った。アメリカに来て、洋服もジーンズとシャツでいいし、バックもリュックでいいし、なーんか欲のない生活をしてる。自分の内面は磨きたい!って思うけど、外見はとりあえずいっか、って状態で、ある意味ヤバイのかもしれない・・・。

シンプルライフって意外と心地良いかも。

 

 

2002年9月22(日)  寒い・・・悪寒も・・・

 

今日は日曜日。午前中はいつも通りのクエーカーミーティングに家族で出掛ける。

そして午後はダウンタウンで、まゆみちゃんという日本語教師のアシスタントをしている女性に初めて会った。

 

まゆみちゃんは、私がパンフレットを郵送した学校の1つで日本語教師のアシスタントをしていて、そこの先生が私たちを引き合わせてくれたのだった。

メールと電話では知っていたけど、会うのは初めてだったのでどんな人かなぁ・・・とドキドキしていたら、待っていたのは小柄なかわいらしい女性だった。年も私の1つ下ということで同じようなものだし、会社で働いていたこともあるということで、とても話が合った。特にホストファミリーを通して見た”アメリカ”や、イラクとの戦争に向かおうとしている”アメリカ”についてたくさん意見を交わすことが出来て、大満足。

彼女は4月までミネアポリスに滞在するということで、私が帰国するまでのしばらくの間、是非一緒に何かできたらと思う。

あ、まずは彼女が教えている高校の日本語クラスに再来週お邪魔するんだった。そこで初プレさせてもらう予定。

 

今日は私がこっちに来てから一番寒い日だった。

日本の11月くらいの気候。風が強かったので体感温度も低かったはず。

人々もすっかり長袖で、私も冬の格好をしていた。

そんな寒さのせいか、ホスト宅でもみんな風邪の一歩手前の状態で、一人崩れたらみんな雪崩現象で風邪を引きそう。

私もちょっと喉が痛かったり、鼻が出たり、寒気がしたり、熱っぽかったり、まさに風邪の前兆。

うがいもして、たくさんの睡眠もとっていて、でも風邪を引きそうな時ってどう抵抗すればいいのだろう。

 

そうそう、ここの所、毎日バタバタしてしまってEメールの返事も書けずゴメンナサイ。

あと数日したら落ち着く予定なので、もう暫しお待ちを・・・。(あまりにも私がメールの返事をよこさないので、心配してカナダの友達から電話がかかってきた!)

 

 

2002年9月23(月)  日本語を教える

 

今日は昨日に輪をかけて寒かった。

今夜は0度以下に下がるかもとラジオで言っていた。もしかすると雪かも・・・っ